« ジョコウイ氏で変わるか | トップページ | プルタミナ関連ニュース »

2014年3月24日 (月)

4代前のジャカルタ事務所

大先輩から貴重な情報を得たのでそこを見に行って来た。
00kali_besar_barat_25_3


1959年代の伊藤忠ジャカルタ事務所であるがコタはカリブサール・バラットの25番地である。広澤さんの兼松の事務所はこの奥のジャラン・コピーであったが、当時この辺りは日本の商社や銀行の事務所があり、あとはここで紹介したのは香港上海銀行とロイド?がある通りビジネス第一戦区であったのである。ただ駐在員は既にクバヨランやメンテンに住んでいたようであるが、渋滞は無く問題は無かった。
実はこの写真のどこがその事務所かと言うのは確信が無く、南端のスタンダード銀行の所から番号をチェックしながらいったのであるが番号表示が無いものが多く順序が乱れているのもあった。
00kali_besar_barat_25


行き辺りに小さなホテルがあったので聞いて見たら27番地と言うのでその辺りから撮った写真である。
00ab_athena


その手前にかなり前からディスコになっていた立派なビルがありそこがそうでは無いかと思ったのであるが、そこは今はカラオケになっていた。一番北側の端のバタビアホテルもお客は少ないようだったので皆が再開発を望んでいる。27番地のホテルはバンドン本店?のde QUR Hotelであった。

|

« ジョコウイ氏で変わるか | トップページ | プルタミナ関連ニュース »

インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/18815/55496163

この記事へのトラックバック一覧です: 4代前のジャカルタ事務所:

« ジョコウイ氏で変わるか | トップページ | プルタミナ関連ニュース »