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2014年3月の投稿

2014年3月31日 (月)

チームがガルダを駄目にする

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3月30日はあすのニェピの祝日を入れた3連休の中日であるが、そのせいだけではないだろうがガルダは正真正銘の搭乗率100%である。いつもは空席が確保できる最後尾の席にも中国人の若者が乗ってきた。
GarudaがSkyTeamのメンバーになったことで良くなるかと思ったら皆と同じにコマーシャリズムに徹するようになった気がする。最大の問題は従来65,000程度で行けた30日チケットが今12万円と倍の値上がりで、45日割引きなども亡くなっている。昔、悟空という商標の割引チケットを廃止して駄目になったJALを思い出す。乗り込む前の強化テープでのパッキングサービスも無くなり、悪い食事は昔のままである。デューティフリーもストックの用意がない。
搭乗率は少し遊びがないといけないはずだがクルーを減らしてでも金を撮れる乗客を乗せたとしかいえず、サービスの効率も悪い。成田でのランディングは着地後も右左に尻を振るほどであった。
いいことのいくつかをあげると、ラウンジが少し広くなったこと、及びガルーダとは関係ないがE-Ticketなしで入れたことである。

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2014年3月28日 (金)

インドネシア自動車産業縮図

ブカシに行くのにいつも高速を使うがたまにはと思って国道を使ってみた。
カメラを片手なので少々渋滞の方が都合が良い事もあってそれほどの渋滞の記憶はない。
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高速はチクニール辺りからトラック軍が大量に入ってくるので案外国道の方がすいているのかもしれないが、この通りである。
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途中自動車を満載した運搬車に出会った。それも小さな道にすれ違う様な瞬間は中々見れまい。
方や日本の三菱自動車、方やGMのシボレー車である。
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GMは昨年ブカシ工場でシボレースピンの現地生産を開始し販売を伸ばしてきている。インドネシアの日本車は昨年96%のシェア―を獲得1位トヨタ 35% 2位ダイハツ15%でこのコンビで50%を超える。三菱は販売は伸びたが4位のスズキの猛追に抜かれ4位となっッている。
GMは堂々9位で、KIAの10位、現代の14位を越えている。

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2014年3月27日 (木)

新交通機関2題

ジャカルタは地下鉄工事で大渋滞である。普通10分台で行ける所が1時間かかる。それで会社の車の運用も1日1回となり、今の台数では業務をこなせず、又人も車も増やさないと行けなくなる。この交通問題を捨てて大統領選に出るジョコウイ市長に批判が出ているが、彼はこの問題も大統領になればやりやすいとかわしている。お金がかかる話ばかりであるが、またバスウエー路線を3つも増やすそうだ。この路線は一番安上がりと思うとそうではなく、最近何者かがジャカルタ議会に新交通機関メトロ・カプスルを提案した。カプスルとは意味イメージがわかないがElevated モノレール風バスだ。これだと、バスウエーの30kmなら15億ドル掛かる所3億ドルしかかからないと言うが眉つば物ではないのか。カプセルバスの写真もあったがボケて使えない。提案者は自動車会社、道路建設会社、技術担当のITB専門家のコンソーシアムでPT. Perkakas Rekadaya Nusantaraの Djoni Rosadi代表である。聞いたような名前である。今一つは此方もelevatedでTrain Trackであるがこのコンセプトは既に前からあり以前は鉄道会社KAIがやる所であったが、政府がやることで2015年着工だと言うだけのニュースであった。
それよりも今ジャカルタに住めば地下鉄工事をどのように進めるのか、電車はいつどこから入れるのかが解る。

(追)その後の情報ではこのJVの主体は自動車会社でなく、機械製造会社で、スバンにある。知事は4時間かけてスバンの工場の試作車を視察し技術的に問題ないと評価した。このタイプはチャンギ飛行場のターミナルをつなぐものとして使われている。アホック副知事はいつまでも着工しない今のモノレールとの契約を破棄しカプセルに変更すべしだとしている。

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2014年3月26日 (水)

ベンテン・バントゥン・バンテン

ベンテンはバントゥン州のタンゲランの又の名前である。昔オランダがバントゥン王国からの侵略をチサダネ河を防御線としての砦を築いたから
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この地をベンテンと言う様になったそうでベンテンそのものが砦を表す。 そしてこの地に住む中国人の子孫はCina Bentengと呼ばれる。
中国人のこの地の到来はオランダがこの砦を築くずっと前の事である。スンダの歴史書によると1407年最初の中国人はTjen Tjie Lung 人呼んでHalungが率いたグループが今のTeruk Nagaに上陸したそうで、今もこの地には仏教のお寺がある。
元々彼らHokkian出身であるがオランダ時代は親オランダ派で地元プリブミとはしっくり行ってなかった。独立後の1946年6月23日には一人のチナ男が紅白旗をオランダ国旗と取り替えた事に刺激された住民は中国人住宅を襲撃した事があった。
Poh An Thuyに率いられた中国人部隊とオランダNICAとの連合と住民との戦いに発展したがそれを気に一端引き上げた中国人は昔の富を失って没落した。
中国人の到来は15世紀だけではなくその後も18世紀清朝時代もある。名前はOngとかWangとかが多いようだ。 最近インドネシアも中国人の呼称をスハルト時代のCina(Tina)からTionghoaを正式名とするよう決めたそうであるのでチナベンテンも直ぐ死語になるのであろう。
チナベンテンはプリブミと対立した生活を送ってきたというより融合してきた歴史がある。それは弊ブログ 「チナベンテンは禁句」に詳しいが、この騒乱は Tragedi Cina Bentengと言われる事件である。

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2014年3月25日 (火)

プルタミナ関連ニュース

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2月のニュースに久しぶりにプルタミナを含む大プロジェクトのニュースがいくつかあった。中でも日本企業とのニュースもあるのでとりあげると
2/20 丸紅、新規ガス焚き発電、及びガス輸送パイプライン、液化天然ガス(以下「LNG」)受入基地、小型LNG配送システム等のガスインフラ事業に関するFeasibility Study(以下「F/S」)を共同実施覚書調印
2/24 千代田インターナショナル・インドネシア、サイペム・インドネシアらとのコンソーシアムで東カリマンタン沖ガス処理設備建設案件受注、契約約1,100億円。
同社は国内の石油ガス供給体制向上へ向け総投資額約3.4億ドルを投じて地方の石油ガス備蓄・精製施設やタンカー入港地の整備拡張計画のニュースもあったが同社の2014年の投資計画は78億ドルと言うからこれらは一部であろう。とにかくプルタミナはLNGの生産輸入も担当しており、インドネシアのトップ企業であることに変わりはないが、国営企業だからなのか、小生のパソコンのせいなのかアクセスは悪く提供情報も少ない。

2/11 日産30万バレルの石油精製所開発、90兆ルピア入札へ、政府が400haの用地準備、 タックスホリデー適用へ、星で説明会。
2/19 国営石油プルタミナ、2018年までに燃料備蓄能力418万キロリットルに引き上げ計 画で民間誘致へ。
1/11 国営石油プルタミナ、プルタミナ・ガスと国営ガスPGNの統合会社の株式66-78% 占有へ。
12/2 プルタミナ、タイのPTTEPと共同で米へス13億ドル、パンカ、ナツナ鉱区買収。

と、プルタミナ二メガ移っていたら頭に描いた丸紅の贈賄事件が報道されていた。インドネシア発電事業で贈賄を送ったとして米司法省から約90億円の罰金を払うことになったという。大きな金額で米国は大収入になる。
プルタミナとは書かれていない。

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2014年3月24日 (月)

4代前のジャカルタ事務所

大先輩から貴重な情報を得たのでそこを見に行って来た。
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1959年代の伊藤忠ジャカルタ事務所であるがコタはカリブサール・バラットの25番地である。広澤さんの兼松の事務所はこの奥のジャラン・コピーであったが、当時この辺りは日本の商社や銀行の事務所があり、あとはここで紹介したのは香港上海銀行とロイド?がある通りビジネス第一戦区であったのである。ただ駐在員は既にクバヨランやメンテンに住んでいたようであるが、渋滞は無く問題は無かった。
実はこの写真のどこがその事務所かと言うのは確信が無く、南端のスタンダード銀行の所から番号をチェックしながらいったのであるが番号表示が無いものが多く順序が乱れているのもあった。
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行き辺りに小さなホテルがあったので聞いて見たら27番地と言うのでその辺りから撮った写真である。
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その手前にかなり前からディスコになっていた立派なビルがありそこがそうでは無いかと思ったのであるが、そこは今はカラオケになっていた。一番北側の端のバタビアホテルもお客は少ないようだったので皆が再開発を望んでいる。27番地のホテルはバンドン本店?のde QUR Hotelであった。

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2014年3月21日 (金)

ジョコウイ氏で変わるか

ジョコウイ氏が大統領選を制するのではないかと巷の予想は掻きたてているが、どうであろうか
小生は前ギタ前商業相を持ち上げて見たことがあったが、本当にこんなに早く大統領選に出るようになるとは思って見なかった。ギタ氏はマイブログに譲るとしてジョコウイ氏の経歴は余り知らなかったが、彼は1961年6月21日ソロ生まれでジョクジャのガジャマダ大学林業学部を卒業しジャカルタ市長になるまでは2005年からソロ市長を務め庶民の人気を博した。その前はBUMNにちょっと勤務したが退社し自ら小住宅の開発の事業を興し成功、この頃からの彼の誠実とハードワークが人気の源泉になったのである。またヨーロッパ旅行で街の美しさに刺激を受け、ソロの都市運営に生かしている。
ジャカルタ市長は2012年から立った2年程度であるが、彼がやったのは都市交通にメスを入れた改革であったろうが考えるとMRTにしろそれ以前からのものである。街のスラムを一掃する仕事もやり、市民の祭りもクリエートしたことが挙げられるが、大統領になると今までの点の行政から面へ、そして世界に向けた発信力が問われる。内政的にはそう言えば学童・医療カードなどもやったことが思い出されるが、そうした下への手を差し伸べる改革は上部層には一層厳しくなるのではないだろうか  誕生日が気になって調べたら6月21日はスカルノの逝去日なのであるがそれ以上に驚いたのは6月はスカルノ(1901-6-8)もスハルト(1921-6-8)も生まれた月だった。

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2014年3月20日 (木)

ホテルブームにとどめアストリア

ジャカルタはずっと前からホテル建設ブームで未だ未だ続いている。今日はヒルトン系のWardorf Astoriaが2番目のホテルの建設を発表した。場所はタムリン通りで74階建て181室、330メーターでJakarta 
Tallestとなる。受け入れ側はAlvin Gozali, President Director, PT. Putragaya Wahanaのようだ。
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開業は2018年だが既に最初のホテルはMega Kuningan にあるが多分これも建設中ののであろう。
ヒルトン ワールドワイドは93年の歴史を有し世界90ケ国に3,900のホテルを展開しているがワードルフ・アストリア以外にはヒルトン、コンラッド、エンバシースイーツ、ハミルトン等がある。
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写真はMega kuninganのホテルであるが、今度撮って来るまで ImageShack.usさんから借用した。

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2014年3月19日 (水)

FirstMedia対Indovision

Wakuwaku JapanはIndovisionでは見れるが弊宅のFirst Mediaでは見ることが出来ない。後1台テレビを買ってIndovisionも契約したらいいのであろうが、Indovisionに乗り換えたらどうかとTVチャンネルを調べて見た。Indovisionはチャンネル数では94局位であるがFirst Mediaは90位ではなかろうか。弊宅のTVでチェックすると数は100以上はあるのであるが、アクセス出来ないものや終了したもの或いはHDとかの印のあるものがあるので少し減らして見た。IndovisionではWakuwaku は取ったがNHKはパッケージにはなく個別に別料金Rp50,000を払えば見れることになっている。映画ドキュメンタリーではDisney, Universal, Discoverhy、Foxを充実させ、一方First ではHBO,Cinemax、MGMを持っている。Universalは無いが他は一つ程度はあるのでVarietyは豊富と言える。FirstにはJAKTV、Kompasはあったが、Indovision はスポンサーのMNCTVの下に部門ごとのサブチャンネルとも言えるのがBusiness部門からLifeStyle部門まで8つもある。FirstのスポンサーチャンネルはBerita Satu TVである。 知らないチャンネルが多すぎて完全には比較が出来てないので上記は参考である。

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2014年3月18日 (火)

2月 雨季冠水、火山爆発に明けくれ、

低調な2013年経済統計の後、再出発へ、円借623億円、官民協力案件、台湾Foxcom、ロシア、プルタミナは元気にプロジェクト覚書

2/5  首都圏の大雨まだ続く、各地で再び冠水被害。
2/1  シナブン山(北スマトラ)で噴火、火砕流に巻き込まれて15人が死亡。
2/13 クルッド山が噴火、少なくとも4人死亡との報道、17日に大統領夫妻が慰問。
2/18 14日のバリでの邦人女性7人事故;1人が遺体で発見、最後の一人も。(3/16)

2/3  昨年の輸出、前年比3.9%減の1,82億ドル、輸入2.6%減1,866億、40.6億ドル赤字
2/5  2013年GDP成長率、5.78%:クオリティはそれほど高くないとの評価。
2/19 貧困率目標8-10%に抑えるところ、10.54-10.75%になりそうな見込み

2/18 ジャワ複線化、車両整備場拡張、メラピ山下流域の遊砂地建設などに円借623億円。
2/11 日産30万バレルの石油精製所開発、90兆ルピア入札へ、政府が400haの用地準備
2/13 プルタミナ、備蓄・精製施設やタンカー入港地、投資額約3.4億ドル
2/7  台湾Foxconn、工場建設でジャカルタが協力、3-5年に10億ドル以上の投資
2/25 来イした露副首相、2社最大60億ドル投資計画を発表、アルミと鉄道。
2/26 官民協力11件、69.2億ドル:BKPM。高速道路、首都空港アクセス鉄道など。

日本関係は
2/4  スカパー、22日から有料TVで専用チャンネル放送へ。
2/10  山久、GIIC内の中国インドネシア統合工業団地(KITIC)に物流センター開設。
2/24 千代田、サイペムらと東カリマンタン沖ガス処理設備契約約1,100億円。

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2014年3月17日 (月)

ミーアチェ

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ミー・アチェだったと思う。Satrio 通りの古臭いラーメン屋であるが、昔会社から団体で昼飯に歩いて出掛けたことがあった。Satrio通りに高架道路Layangが工事が始まって何時からか亡くなっている。皆に聞いても思い出せないと言うので何だったのかと不思議である。所が会社の裏の昔日本料理店かんぱちがあった所に、更に焼肉屋となって閉めた場所にアチェ料理店が出来、そしてもう3年位たっていたのである。 
先代が店を閉めた所でそこを防ぐ様にMac店があるのでもうしめたのではないかとこの間行って見た所、多くのインドネシア人が豪華な料理を食べているのでびっくりした。
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アチェ料理というが共通的には辛い料理であるが中国料理のイメージもあるので5人位で行くと5人が何か一つずつ頼み、ライスとスープイカンを一鍋取ると皆で囲んで楽しめる。
その時から昼飯のバラエティも増えて会社に行くのも楽しみになった。

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2014年3月15日 (土)

ステーションワゴンの範囲

インドネシアの法令は何かもやもやとして落とし穴が一杯仕掛けられているような気がする。そう思うとどうせ税務調査でいい加減やられるのだからいい加減に処理した方がいいとの結論が立つ。それでぼんやりしていたらいつの間にか変更されていたりしてびっくりする。
一つは付加価値税で貸記出来ない項目のひとつであるが第9条8項のcは
“商取引や賃貸を目的としないセダン・ステーションワーゴンの形の自動車の取得と維持”となっているがこれは2009年の付加価値税法で、それ以前は
“セダン、ジープ、ステーションワゴン、バン、コンビ”となっていたものである。変更の理由も又ニュースでの取りざたも無かったので自分で考えるしかない。付加価値税は日本の消費税が表す様に最終消費者が負担するもので、消費―>浪費=>贅沢の観念が湧く通りインドネシアの付加価値税は奢侈品税と一緒の法律なのである。会社は生産の為或いは事業目的の為に使用されるもの以外は個人の消費と同一と看做されると言える。セダンは個人の乗用であるから昔はそれと同等のものを列記していたが、現在はステーション・ワゴンに代表させているのであろう。ステーションワゴンはセダンのトランクの部分が乗用の内部に取り込まれていて後ろの窓を上に上げて主として個人荷物等をいれるがこれは内部と一体であるので内部からも取りだすこともできるしここに乗用シートを置くことも出来るものである。とするとインドネシアの道路を走っている乗用の車は殆どステーションワゴンでブランドを挙げれば、
Land Cruiser、 Innova、 Avanza、CRV 、EScudo、VITARA 、Karimun、 Katana、Rush,Fortuner、 Previa等がある。日本の物ばかりで失礼します。

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2014年3月13日 (木)

又見つけたスモポ スポモ スポノ

 スルヨは3人で特集を組んだが続く似たもの名前スルヨ、スロノ、スロソ、ストヨ ストモ ストノ、ストポ、スモポ スポモ  スペノの後スポノは11個目である。Indovisionを探して地図上を歩いている時002012_0329_165236dsc03575


Jl.Panjangの南の端辺り、一度ここで取り上げたBelleza Fashion Towerの前がJl.Letjen Soepono でBellezaの向かいがITC permata hijau である。残念ながらSoeponoの名前で軍人の人は見つからず代わりにWewek Soepono氏が見つかった。
このスポノ氏はGarudaの1968年から84年まで長く務めた社長であるが、何とパイロット出身なのである。
更にただのパイロットではなくエアーバスで採用のtwo-man cockpit(或いはGlass Cocopit 或いはGaruda Cockpit)の共同創案者なのである。
更にガルーダの機内誌に乗っている「ガルーダの生まれ」の歴史の当事者の一人なのである。それについてはブログ“ガルーダの歴史の一コマ”に書いたが彼の名前は出てこない。この当時彼は空軍にも在籍しており、Letjenは合っているかもしれない。ブリタール1923年生まれ、2000年逝去

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2014年3月12日 (水)

Wakuwakuのインドヴィジョン

Wakuwaku Japanがどうやって見れるか小生には関係ないが模索してみた。パートナー或いは申し込みの一つはIndovisionと言うのでIndovisionのホームペイジを開いた。ここにIndovisionが会員に届けるチャンネルとパッケージ料金などが書かれている。100チャンネル程の利用可能チャンネルがあり、その一つに確かにWakuwaku
Japanがあった。 パッケージは利用チャンネル数によりランクがあるがWakuwaku JapanはCランクのパッケージでも利用可能であり、この場合月間169,000ルピアだから安いもんだ。既にIndovisionの会員になっておれば自動的に見れるはずだ。168ch. 小生はIndovisionのコンペティターのFirst Mediaを利用しているので見れないと言う事になる。
IndovisionはTV界を2分するMNCグループの事業でありその総師Tonoe氏はウイラント元国軍司令官のハヌラ党から大統領選挙に取りざたされている。

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2014年3月11日 (火)

スカイチームのガルダ

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ガルーダ航空3月5にバリ島ヌサドゥアで行なわれた調印式で正式にグローバル・スカイチームに加盟したがこれは20番目の航空会社らしい。しかし成田ではとっくの昔にガルーダはターミナルIIからデルタの居る1番ターミナルになっていた。そうやって見ると今日ターミナル中にスカイチームのシンボルカラーの青と名前でチェックインカウンター全体が化粧しているのに気がついた。
スカイチームのメンバーを挙げるとAeroflot, Aerolineas Argentinas, Aeromexico, Air Europa, Air France, Alitalia, China Airlines, China Eastern, China Southern, Czech Airlines, Delta Air Lines, Garuda Indonesia, Kenya Airways, KLM Royal Dutch Airlines, Korean Air, Middle East Airlines, Saudia, TAROM, Vietnam Airlines ,Xiamen Airlinesとなる。これらで世界の1,064空港を結んでいるがGaruda は64空港(国内40空港)を引っ提げて参加する。マイレージも確かGFFから全てに通用するマイレージに変更したはずだ。スカイチームの競争相手はJAL等が入ているOne-World等がある。ガルーダの成田-Jakartaの使用機体は行方不明になったマレーシアの機体ボーイング777であるので少し怖さがよぎったが今日の乗客は159名+18名らしい。これも聞き直して得た答えで今までも間違いが多かったのだろうと思い今後はやめることにした。
やり出したのは後ろのコンパートメントに7名とか23名とかの時代があり、心配したからであるが6月から羽田・ジャカルタ便も飛ぶそうな勢いだからもう心配はいらない。
食事の提供もご覧の通り4台のキャリーを並べての壮観であり、最後にコンビニの梅おにぎりを差し入れてくれた。

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2014年3月10日 (月)

ジャカルタ共和国

そうなることもあるかも知れないと思っていたことが起こっている。ジャカルタの副知事が副大統領候補に取りざたされているのである。既に大統領候補になっているJokowi氏とペアーを組むのなら面白いと思っていたが何と彼はゲリンドラから云われているらしい。同僚がプラボヲ党首の大統領候補と組む副大統領を推薦したと認めている。未だ党からの公式のオッファーではないが、そうなれば受託する意思はあるそうだ。ただ大統領選に臨めるのはDPR選挙で議席の20%を取れた党だけだからそれからの話である。彼はやはりゲリンドラ党のメンバーの様だから闘争民主党PDIPのジョコウイと組むのは無理がある。ただゲリンドラ党はPDIPと連合を組む作戦も持っているので場合によりけりかもしれない。
闘争民主党はメガワティが正大統領、副をジョコウィとしする戦略は降ろしてジョコウィを正とする様にも見えるが 娘のPuanもいる。富豪実業家の弟Hashim Djojohadikusumoが付いているGerindraはPrabowoが他に譲るとは思えない。大統領選挙は4月9日のDPR選挙の後7月であるので総選挙を見ないと決らないのだろう。

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2014年3月 8日 (土)

海女ちゃんを再度ジャカルタで

NHKで人気だったと言うあまちゃんがインドネシアで放映されると言うのでよく調べたら日本のサテライト放映会社SKY Perfect JSAP Corp.がWakuwaku Japanと言うチャンネルを作りindovisionでの放映するというもので実際は既に開始されている。Indovisionと書いたがOkevisonとも契約している様だからいずれかにコンタクトし会員になれば良い。
インドネシアのPay TVの人口は2010年1.1百万人が現在は2倍強に増えているそうだ。小生が利用するのはFirstなんとかだから駄目かも知れない。

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2014年3月 7日 (金)

アンカタン 66へのルート

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TIMイスマイル・マルズキ公園の入口のTikini No.73番地にAngkatan 66と大書したの事務所があった。Angkatan 66と言うのは1966年、スカルノを追いおとした学生グループKAMIなどが属する事になる世代である。
9月30日事件ゲシュタプの後、共産党のクーデターとされた事件は軍とイスラム勢力により大規模な赤狩りが吹き荒れたが65年2月スカルノの世論無視の旧態以前の大規模内閣を組閣したためKAMIはその宣誓式を阻止する実力行使に走った。この騒乱の中銃弾に倒れた学生がArief Rachman Hakimである。翌年66年3月11日事件により、スカルノはその治安維持の権限をスハルトに移譲し身の安全を図ったが狂乱のデモと赤狩りの波に1967年3月11日には国民評議会で終身大統領のタイトルを剥奪され翌年のMPRでスハルトが大統領となるのである。
ここの事務所の看板をよく見るとこの殺された学生Arief Rachman Hakimの中央指導評議会(Dewan Pimpinan Pusat)と書かれておりAnkatan 66 そのものではないかもしれない。Angkatan 66そのものは事件後このKAMIの人達を評した言葉であるので、それそのものの組織ではないだろう。アルヤドゥタホテル前の英雄の塔の南側の道に彼の名前が付けられているが、ここがその場所だったのであろうか。この世代に属している人々で有名な人はスハルトの最後の方で大臣にもなったコスマス・バトゥバラやアブドゥル・ガフール、ファミ・イドリス等或いは又後のCSISを設立したハリーチャン・シラライ、ワナンディ兄弟である。小生は64世代である。

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2014年3月 6日 (木)

タンジュン・プリオク駅舎の観光価値

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ずいぶん前にタンジュンプリオク駅を訪れたが今も昔のままの廃屋を見せている。この壮大なヨーロピアンスタイル(或いはIndisch Classicism architectural style)は2代目で1925年に開業した(1917年建設開始)歴史を有し保存史跡として登録されているが修繕もされてないので内部も危険極まりないようだ。
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スラバヤに行く乗客は上の天井が何時崩れるか、或いは滴り落ちる水でフロアーは滑りそうで遊び回る子供達に気が気でないようだ。大昔はタンジュンプリオクに船でやってくる乗客でホテルもありにぎわっていたがクマヨラン空港がオープンした1940年以降は客も少なくなり、既に長い間ジャカルタとの間の線路は使用されていなかった。2009年に一部復帰した際に駅舎も手入れが行われたがその後のメンテが無く駅保有は運輸省で使用するのは国鉄KAIで旨く行ってないようだ。アンチョール公園前の線路は今も使用されてないが、以前それよりタンジュンプリオク寄りのアンチョール駅舎のリノベとかのニュースには接しているので電車はタンジュンプリオクからアンチョール、そこから南に下ってクマヨランへそしてマンガライ/ジャティネガラ経由ブカシからスラバヤに行けるのだろうが未だ確信は持てない。駅舎内部の写真はJakarta Postから借用。 今ここに行って写真を取ると警備の人が禁止するという。いつ観光目的地になるのであろうか

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2014年3月 5日 (水)

トップ企業アストラ

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2013年アストラの売上不変との文字が目に入った。昨年の純利益19.4兆と変わらないが部門によりまちまちだと言う事である。
売り上げは194兆で昨年の188兆なので微増である。自動車部門は655,000台販売、これは8%の増加で利益は4%アップの9.8兆である。日産やスズキのIndomobileと厳しい競争であるが、単車部門は一人15%の伸びを示し市場シェア―を61%に伸ばしている。自動車パーツ部門は1兆、United Tractorsを含むマイニング・重機部門は3兆、ファイナンス部門、インフラ部門、物流・IT部門は5.8兆、アルゴ部門は1.4兆を上げているが全てダウンである。上記自動車部門の扱いブランドはToyota、Daihatsu、 Isuzu、 Peugeot、 UD Trucks があるがHonda 二輪車単車部門もふくんでいる。3年ほど前インドネシアのトップ10企業を纏めた時のトップのアストラの利益は11兆であったので、そこからは大きな伸びではある。 トップの企業の本社はSunter だそうだが多分トヨタの同じ地域だろう。
昔はジュアンダに有ったと記憶するが、2010年の写真ではちゃんとインターナショナルと出ている。支社クラスと見よう。

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2014年3月 4日 (火)

ジャカルタ半生記:何故長期に

小生は台湾生まれです。生まれた時から暖かい所でバナナなどを食べ、近所の野山で遊んでいたので、最初から肝炎の抗体は出来ています。そのDNAは親父或いは家系からも、当時で言えば「南洋へ南洋へ」というものでした。その後成長すると暑さにはめちゃ強いが寒さに弱い体質になっており、偶々駐在する事とになったインドネシアがその点ぬるま湯で、好きになったベースです。年を経るにつれて、人生、新しい世界に入るのを躊躇します。サラリーマンは会社の辞令に将棋の駒、この後どこに行くのやらと考えると将来に不安もあり、今ここで一生動かない場所を作ろうと自ら起業したのです。ぬるま湯と言うのは気候が年中、温暖であると言う事の他に、インドネシア人の中に居る事自体がぬるま湯だと言えます。彼らはまずは明るく楽館的で、人を厭な気持にさせないよう努力しており、恥ずかしがり屋だが社交性をもっています。又その延長に他人に対し関心を持ってくれる心地よい粘着性があります。社会の9割がイスラムで戒律にも寛容とも言えるが、信仰に生きており、そこに生き方の基本をおいているので、貧しくとも生きるのに一生懸命です。 1ケ月置きに1ケ月滞在ベースに行っている小生にはお土産を買うのがどんどん厭になるような、彼らの見栄っ張りの贅沢好きには付き合えないと言う所が多くある欠点の一つではないでしょうか。欠点の多くは民族100年たっても変わらないようで「インドネシア人の実像」に書かれています。

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2014年3月 3日 (月)

ブラックベリー“Jakarta”と鴻海

インドネシア社会で一世を風靡したBlack Berryが今度は“Jakarta”の名前が付いた新機種Z3を出すニュースが有った。発売は春先で今までのkeyboardを捨てTouchscreenにすることは解っているが他の機能は未だ秘密の様である。
小生はアンドロイドで、インドネシアと日本と行き来するからなのか、或いは取説も無いからなのか、Xperiaの機能の1/100も使ってないので、ブラックベリーに替えようかと思っていた矢先である。 このニュースで知ったことだがBlackberryの独断市場だと思っていたインドネシアであるが、今やアンドロイドに市場を取られて今市場シェアーは14%というこの現実への起死回生の策かも知れない。今回の新機種はインドネシアと同格か、後を付いてくる新興国向けで生産はFoxconnと5年の長期契約を結んでいるそうだ。
Foxconnは鴻海科技集團とも言うが鴻海ホン・ハイは小生にとってはシャープの身売り話の際に知った企業であるが、驚くべき企業なのである。郭台銘氏が1974年TV用プラスティック部品から始めた企業でインテル社のPC用コネクターなどで拡大、現在は売上高は13兆円(日本でもトヨタに次ぐ規模か)、従業員92万人で生産の主力は中国(9都市に13工場)で、一つの工場群が一つの都市を形成するほどの規模を誇っている。郭台銘氏も世界の大富豪77位らしい。以上はweb情報で小生も礼賛している訳ではない。

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