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2014年3月13日 (木)

又見つけたスモポ スポモ スポノ

 スルヨは3人で特集を組んだが続く似たもの名前スルヨ、スロノ、スロソ、ストヨ ストモ ストノ、ストポ、スモポ スポモ  スペノの後スポノは11個目である。Indovisionを探して地図上を歩いている時002012_0329_165236dsc03575


Jl.Panjangの南の端辺り、一度ここで取り上げたBelleza Fashion Towerの前がJl.Letjen Soepono でBellezaの向かいがITC permata hijau である。残念ながらSoeponoの名前で軍人の人は見つからず代わりにWewek Soepono氏が見つかった。
このスポノ氏はGarudaの1968年から84年まで長く務めた社長であるが、何とパイロット出身なのである。
更にただのパイロットではなくエアーバスで採用のtwo-man cockpit(或いはGlass Cocopit 或いはGaruda Cockpit)の共同創案者なのである。
更にガルーダの機内誌に乗っている「ガルーダの生まれ」の歴史の当事者の一人なのである。それについてはブログ“ガルーダの歴史の一コマ”に書いたが彼の名前は出てこない。この当時彼は空軍にも在籍しており、Letjenは合っているかもしれない。ブリタール1923年生まれ、2000年逝去

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