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2014年3月 4日 (火)

ジャカルタ半生記:何故長期に

小生は台湾生まれです。生まれた時から暖かい所でバナナなどを食べ、近所の野山で遊んでいたので、最初から肝炎の抗体は出来ています。そのDNAは親父或いは家系からも、当時で言えば「南洋へ南洋へ」というものでした。その後成長すると暑さにはめちゃ強いが寒さに弱い体質になっており、偶々駐在する事とになったインドネシアがその点ぬるま湯で、好きになったベースです。年を経るにつれて、人生、新しい世界に入るのを躊躇します。サラリーマンは会社の辞令に将棋の駒、この後どこに行くのやらと考えると将来に不安もあり、今ここで一生動かない場所を作ろうと自ら起業したのです。ぬるま湯と言うのは気候が年中、温暖であると言う事の他に、インドネシア人の中に居る事自体がぬるま湯だと言えます。彼らはまずは明るく楽館的で、人を厭な気持にさせないよう努力しており、恥ずかしがり屋だが社交性をもっています。又その延長に他人に対し関心を持ってくれる心地よい粘着性があります。社会の9割がイスラムで戒律にも寛容とも言えるが、信仰に生きており、そこに生き方の基本をおいているので、貧しくとも生きるのに一生懸命です。 1ケ月置きに1ケ月滞在ベースに行っている小生にはお土産を買うのがどんどん厭になるような、彼らの見栄っ張りの贅沢好きには付き合えないと言う所が多くある欠点の一つではないでしょうか。欠点の多くは民族100年たっても変わらないようで「インドネシア人の実像」に書かれています。

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