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2014年4月29日 (火)

今頃ホテル・ルワンダに虐殺を思う

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先日来から偶々所蔵していたインドネシア海賊DVDからHotel Ruandaと言う映画を寝入りに見ていた。此方は1994年頃のルワンダでの部族内乱中に名門ホテル
Hôtel des Mille Collinesの支配人が家族を虐殺の危険から救う話で最後は家族だけでなく敵味方とも1,200人を救出に成功した話である。頭の隅にこのツチ族とフツ族の内乱のニュースはあったが調べて見るとこの80日間の内乱で約50万人から100万人が犠牲となったようだ。100万と言えば国民の20%である。農耕フツ(色黒)と牧畜ツチの関係には長い歴史と植民地国の関与もあり複雑であるがジャノサイドはフツ政権側の組織的虐殺を言う。ルアンダ愛国戦線を中心とする反政権側の虐殺もあり、最終的にはルアンダ愛国戦線が勝利し虐殺は終了している。
虐殺と言えばカンボジア出のポルポト政権による虐殺は人口800万にすぎない中犠牲者150万人強と言われる。此方も人口比20%である。 アクト・オブ・キリングの解説では100万とか云われているが、小生は長く30万人レベルが頭にあった。
日本では先の第二次世界大戦での戦死者は300万人であるが、沖縄戦、広島原爆を含めても民間の死亡者は80万人である。100万以上にラウンドアップされるのは残った政権とかのプロパガンダの数字の様だ。

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