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2014年4月25日 (金)

記念旧跡を破壊は日本の所為

00station


JP誌の報道でコタの中央駅のオランダ時代の記念建築遺跡であるタワーを倒さないと行けなくなったらしい。理由は日本から譲ってもらって中古車両が大きすぎて停車できないので停車場を拡張建設するためらしい。
タワーと言うのはシグナル・ハウスで1929年に建てられたそうである。
駅全体は有名な建築家Frans Johan Louwrens Ghijelsが設計したもので何度もこのブログで紹介しているが古い写真は添付の通りである。
タワーは二つあるそうで問題なのは12番プラットホームで後3メートル欲しいらしいが、取り壊しの許可が出ない場合は1.5メートルでもなんとかすると言っているが安全上は問題があるとしている。写真で見るとこのタワーは見当たらないのであるが、駅の建築年は1926年と言うのもあるので、後で追加されたとしておこうか 

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