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2014年5月 9日 (金)

Kerta Niagaの荒れ放題のレイド

この間、先輩の方がカリブサールの河口の写真を寄こし遠くに見える赤い屋根は何だと聞かれたので、Kerta NiagaとかRaharjaやCipta Niagaではないかと答えていたがどうも違うようだ。その解決は次回の機会に任すとして、答えた一つKerta Niagaを紹介する。
00raharjkerta_sep07


ロケーションはKali Timurの以前紹介したRaharja保険会社の隣である。ある資料ではNO.9 とあった。未だ、Kerta Niagaの本社と言う看板が掛かっているが、こんな崩壊寸前の建物が本社なのかと不思議である。
00kerta_niaga_aug_08_03910


この間は屋根の一部が崩壊して守衛がけがで入院したニュースもあった。 看板はあるがこの会社自体は既に生きていない。この様な名前にNiagaが付いているのはオランダ時代の商社Big 5を引き継いだ5つの国営商社で、昔のインドネシア人の商売べたというか気力なさの象徴で、不活発なままあの金融危機で無くなってしまった。Kerta Niagaは衣食ほか生活品を扱っていたが、1998年同じ国営商社の一つPT.Darma Niagaと合併させられ2003年には他のPanca Niaga、及びCipta Niagaと統合させられPT Perusahaan Perdagangan Indonesia (Persero)となっている。これが.今只一つ残った国営商社でである。

建物は自体は有名なEd Cuypers en Hulswitの設計で1912年建築のDutch Closedスタイルである。当初はKoloniale Zee en Brand Assurantie Maatschappijとか云う保険会社が使用していたがインドネシアが接収し最後はKerta Niagaが使っていたものである。
このKali Besar Timurの建物は細長い場合その裏側はファタヒラー広場に出るPintu Besar Utara通りとなり、このKerta Niagaも裏側の住所はPintu Besar Utara (NO.11?)と言うのかもしれない。
The_raid_2_berandal_movie_film_2014


この襤褸建物は昨年あの残酷決闘映画レイドの続編The Raid 2 Berandalのシューティングも行われたそうだから公開されたら見に行かねばならない。

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