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2014年6月27日 (金)

Hotel Bellevueと方向音痴

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ついこの間の5月1日のブログ「徳川公のボゴール」で公が宿泊されたホテルは現在のホテル・サラックに違いないと断定したが「ジャワ探訪」の井口教授から間違いを指摘された。
氏は「Hotel Belluvue は,年次は不詳ですが,ある時点で取壊されて Pasar Ramayana & Ramayana Theatre に代り,更に現在は その地に Bogor Trade Mall(通稱 BTM)が建ってゐます。」と指摘し種々証明する文献等を送っていただいた。小生は現在のHotel Salak、The Heritageは名前にHeritageと入れ、昔のBrochureを見ると名前がHotel Bellevue DibbettとBellevueの名前があること、住所はGroote Postweg No.8 とあり、現在のサラックホテルの住所はJlJuanda No.8と同じであったことをベースにしたが更にダメ押しで地図で確認したのであるが、47634_3


その地図には教授のいう綴りのBelluvue ホテルの位置が下の左側にあり、Bellevue Salakは記載がないものであったが、小生の頭の地図ではこのBelluvueの位置こそが、下部のジャカルタから登ってきて右手にあると思ったサラックホテルの位置と合致したからである。ところがこの地図は当然に北を上にしているので下の左側というのは方角は南の西側になり、サラックホテルは方角的には北(ジャカルタに近い)の西側で南北を逆で読んでいた事に愕然とした。更に驚いたことにはサラックホテルがBellevue Dibbettと改称したのは1932年であり公はそれを去る11年も前の大正10年にボゴールに来られたことを発見し、小生の間違いを決定づけた。なくなってしまったBelluvueの方は仕方がないが、ここまで正確に付き詰められた教授の緻密さには頭が下がるほかないが、
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先生は多分この公の「じゃがたら紀行」の写真をかざしながら先生の旧知の学究の友人に案内を受けBTMのモールに立ち同じ方向で写真を取られたのである。00imgp2932sbogor


この写真はまだ了承を受けてないが見事なもので無断でアップしたくなった。
小生のブログで間違いを読まれた方には深謝致します。
その後数日、今でも寝ながら地図を思い浮かべると、ジャカルタ地図でさえ方角がわからなくなることがある。そしてこれは自分の半生に起因するものと原因を突き詰めて安心している。つまり小生は日本の太平洋側に住んで来たので日本地図を見ると山は北、海は南なのである。そしてジャカルタは南半球なのである。
昔のBrochureというのは正確でなくbloodandthunder.co.jpのショップ展示のTシャツの模様を借用

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