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2014年6月12日 (木)

カンプン グスティ

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パンゲラン・ウイジャヤクスマの墓所を訪ねる時リファーされたKampong Gustiの地名が出ていたのでそれを目印に探し、結局は地図的にはあまり関係なくパンゲラン・トゥバガス・アンケ通りにあった話は昔したがこの Gustiとは何者だろうか。
Gustiとは一般にジャワの王宮の支配下にあるインドネシアの各地の王国により認められたBangsawan騎士の称号である。それはそれだけで皇子の意味になる。
マタラムの宮殿に奉仕する宮殿外の人に対しても与えられ、その多くは文化の面で或いはインドネシア国民主義の精神を高める面で功績を残した人達でもある。中でもI Gusti Ngurah Raiが有名である。
王族の称号はまた一段とややこしい。宮殿の王は普通複数の王妃を持っている。それは一人のPermaisuri(Ratu皇妃garwa padmi)と複数のSelirに分かれるがその内の男子の一人が王冠を与えられるがその順位は王妃の長子を1位としてその次男以降、あとSelir の男の子供達となる。  例示があったが判読も出来ないのでおぼろげながらGustiが解った程度でやめよう。他にJakarta.go.idではこのパンゲラン・ウイジャヤクスマの墓所がある所の地区をKampung Gustiというがそれは1680年前後ここはGusti Ktut Baduduとバリからの部隊が本拠としていたとあるがそれ以上の説明は無い。今日は時間切れとしよう。

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