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2014年7月 8日 (火)

ヒンズー・仏教も唯一神?

何故かインドネシアの国是たる一神教が気になった。言葉だけに限ればヒンズーもキリスト教も仏教も果たして一神教だろうかのと疑問である。その上華人の地位を認めるにつれ儒教も道教も宗教として認められている。この後半の問題は別に論じることもできるが、手始めに憲法等を見てみると;
憲法では第11章 宗教(Agama)、第29条に
(1)国家は全知全能の信仰(Ketuhanan Yang Maha Esa)に基礎を置く。
(2)国家はすべての住民に対し信教の自由と、それぞれの宗教と信仰を実践する自由を保障する。とある。ジャカルタ憲章ではこの部分は“イスラム信徒にはイスラム戒律の実践を義務とする神への道。。”と、そしてパンチャシラ宣言では“全知全能の神への信仰を厚くしたい。神への道の原則である“ ”インドネシア人の一人ひとりが各自の神を持つこと、各自の神。。キリスト教はイエス・キリストの啓示に従い。。仏教徒はその有する経典に従いその戒律を守る。。。神の国でありたい!“ とある為どの宗教であろうと全知全能の神が必須である。
全知全能の神は唯一神であるとして、多神教の代表みたいなヒンズー教は苦境にはまり独立後13年目にサン・ヒャン・ウィディ(Sang Hyang Widhi)という神を登場させ、多くの神はサン・ヒアン・ウンディの具現化したものと説明し唯一神となった経緯があるようだ。
仏教は開祖釈迦を仏として帰依を求めるもので信仰する神を持たないはずである。仏教の3宝とは仏、法、僧で釈迦自身が仏で仏にならんとする修業者がその近さで如来(悟りを得た釈迦と同格?)、菩薩、明王とか他の祈りの対象となるのである。仏教では神の存在を否定はしておらず、そのことよりも我々衆愚自身が法に目覚めることを目標とする教えであることから天地創造の絶対神の啓示であるキリスト教(ヤホバ)やイスラム教(アッラー)とは唯一神を信仰するか否かで区別する理由はないもののようである。仏教でも密教の大日如来hじゃ天地万物のかみであるが。。宗教は難しいのでこの辺りで分かった事にしよう。

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