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2014年7月25日 (金)

Toa Se Bio

此処もよく気になるKlentengであるが正面向かってブログにした記録が無いので遅まきながら書いてみよう。 
ペッタック・スンビランの金徳院の裏手に周り中国住宅形式のサンタ・マリア教会を超えてこの道Kemenangan IIIをずっと過ぎて行くと

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左手に入口の狭いお寺があるがこれがToa Se Bioである。
一番奥の屋根に龍が踊っているように見える高い白いビルもこの施設の一部らしく

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運河の方から見ると運河沿いのVihara Tanda Bhaktiの左後ろのビルがそうである。
Toa Se Bioは観光名所となっているそうだが此処は一方通行で駐車場もないので、不便である。
それはどこでもそうであるのはKelentengは普通市場の近くに立っている。サンプルはタンゲラン・パッサールラマのBoen Tek Bio或いはHok Tek Tjeng  SinのPasar KaretやCidodolなど、なぜなら人々は商売の前後に富を祈願するからである。
このお寺の謂れは15世紀に中国南のCheng Goan Cheng Kunという王の使節がこのGlodokにやってきてGlodokの商人であったこのお寺の創始者と友好を交わしたそうでこの王がこのお寺に使節寺(あるいは大使寺)という意味の名前を与えたのが始まりと言う。1740年シナ人虐殺事件の時、この寺も焼けたが残った最大の一部は現在も2階に保存されているようだ。
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何をお祈りの神に(Kong Co)にしているかは調べはついてない。またこのお寺はVihara Dharma Jayaとも言うらしいので仏教なのか儒教なのか道教なのかの詮索も三教混合の中では無理と結論づけた。

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