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2014年8月18日 (月)

クルタニアガの名前は残る

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エラスムス・ハイスのJakarta Kota Tua Reborn展示の一つにKerta Niagaビルがあった。
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Kerta Niagaは既にブログで取り上げたがKali Besar Timurの高いRaharja保険ビルの隣の荒れた2階建ての家である。この建物は細長くこちらを表といえば裏は歴史博物館の横の道路Pintu Besar Utaraとなるがこちらも表である。住所は運河側がJl. Kali Besar Timur No.9、博物館側がJl. Pintu Besar No.11となる。
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Kerta Niagaはオランダのビッグ5の一つを引き継いだ国営商社でその後合併されて今はない。
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昨日様子を見に行ってみた時はこちらの方に技師か人夫の人が働こうとしていた程度でまだまだである。この家の屋根は一度崩れたとかのニュースがあった通り、今回はこの屋根の一部をガラスにして陽光を取り入れる設計である。この家は2つの建物に分かれているのか2つを繋ぐ階段を設け又Voidをカットしてスペースを広げ緑の植物を植えたりするようだ。

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