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2014年11月 7日 (金)

空をつくよな大鳥居

靖国と言う本を読んで靖国の鳥居が興味を引いた。明治2年尊王攘夷に倒れた政府側志士の魂を祀って立てられたその昔の名前招魂社の錦絵はどれも大鳥居が描かれている。
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入口近くにある現在の大鳥居は昭和49年に再建されたものでその前は大正10年に建てられた銅製のものであったが、昭和18年戦争の為二宮金次郎君と一緒に出征、引き倒されていたのである。 そうこの大鳥居は大正の建築だから明治の錦絵の大鳥居ではないことになる。種を明かせばこの大鳥居は現在は第1大鳥居と呼ばれ、他に鳥居があるのだ。
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それが第2鳥居で確か神門の前辺りにあるが、こちらの方は明治20年頃立てられた銅製のものである。どちらも銅製であったのに大鳥居のみが出征したのはどういう訳だったのであろうか。この種証はできていない。第1鳥居は現在の高さは25メートル、建立時日本一の高さであったが 現在も鋼製の神明作りでは日本一、第2鳥居も青銅製では日本一のようだ。高さだけをいえば熊野神社は34メートルもあるがこちらは鉄筋コンクリート製故クラスが違うようなものだ。神明作りは上の笠木の下の貫が柱を突き出てなく額もないものである。
明治時代はこの境内で競馬やフランスサーカスなども行われた庶民の娯楽の土地だったようだが現在は246万人もの霊が英霊と称され祀られており、訪れた人も苦渋を顔に真面目に通るだけだ。246万人といえば東京大空襲や原爆、その他の人々も祀られている計算になるが、死亡者名簿でお構いなしに祀ったのであろうか。
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小生のアルバムには、4年も前、ここの桜の下で飲んだのブログ“あぁ玉杯に花受けて”の時の写真しかないが、今日上野に行くので寄れるかもしれない。

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