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2014年11月17日 (月)

インドネシア共産党の蜂起

余り今日の日付とは関係ないが1926年11月12日はインドネシアの共産党の武装蜂起した植民地政府への反乱で有名である。Pki_1920


イスラム同盟と手を組んだオランダ人スネーフリートの社会主義活動とロシア革命はインドネシア社会主義活動をより共産党へと導き1920年アジアで最初の共産党を生んでいた。極左偏向した共産党は1926年武装革命を決議しバタビア他各地で蜂起した。バタビアでは刑務所、警察署、電信電話局などを襲ったが植民政府軍に抑えられ崩壊した。バンテンではメネスで12日深夜に起こり郡長や警官を殺害し、13日は各地に拡大した。外国にいたタン・マラカは無謀な計画を止めさせようと躍起であったが地方支部の冒険主義者達を止めることはできなかった。反乱は各地でも1-2日で鎮圧され1927年1月のパダンの暴動を最後に完全に終止符を打たれた。この暴動による検挙者は1万3千人に上り死刑16名他禁錮・流刑は6千人に上った。
武器を取った労働者や農民たちは共産主義者の扇動を受けた民族主義者たちであったことから、独立革命への前哨戦的な面もある。この時の模様は西祥郎氏の「クラカタウ」に詳しい。インドネシア共産党の蜂起と書けば1965年9月革命となるが、以降共産党は禁止の憂き目に合って今でも非合法である。

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