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2014年12月の投稿

2014年12月31日 (水)

行徳物語 除夜の鐘

わが町行徳は寺社の宝庫である。南行徳から妙典の二駅の江戸川沿いの地域に多分30以上もあるのではないだろうか。00oct3_231


そして今年大晦日を迎え除夜の鐘が撞ける所が4ッツのお寺と一つの神社がある。その中で最大のものが徳願寺であろう。それは昔、この境内に今の行徳小学校があったくらいでその大きさの他、由緒ある点とかその歴史が有名だ。 00oct3_258


もともとこのお寺は浄土宗勝願寺と言う末寺であったが1610年に徳川家康の帰依を得て徳川の特を戴き徳願寺と名前を変えた。
又ここのご本尊の阿弥陀如来像は頼朝の室政子が運慶に彫らせたものであるとか、円山応挙や宮本武蔵が書いたと言われる書画が残っているそうだ。例により火災にあったりしているが現在の本殿は1911年再建されたもので、一番古いのが鐘楼で1775年だそうだ。 00oct3_271


この鐘楼は大晦日住民に開放され、行けば撞かせてくれる上、甘酒や汁粉が振る舞われる。行った人は全員が鐘を撞くことができるそうだ。108回以上撞く訳ではないその味噌は?

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2014年12月30日 (火)

12月インドネシア 投資環境トピックス 

我慢の2014年、来年も。成長率は5.2% Rpは13,000もあり、
トピックスニュース半分以上は環境悪化ニュース       年末ながら。。。

12/2 保険の外資出資規制、現行0%を60%に金融サービス庁。
12/6 1-11月の二輪車販売734万台、通年目標800万台の達成は危ういと協会。
12/6 ゴルカル分裂:バクリー党首の反主流派が前福祉調整相を党首に選出した。
12/13 合成繊維中国産、港湾に山積み、国内生産は5割減
12/17 自動車販売 5年ぶりの前年割れ
12/18 原発2ケ所建設案、国民は7割が賛成
12/24 マンダラ航空が破産申請、負債総額145億円、サラトガキャピタル
12/19 税金滞納者に出国禁止措置、500人規模に及ぶか
12/22 一億ルピア以上の買い物等取引にNPWP提示義務化へ方針
12/24 外国人の就労基準を厳格化、国際基準(ISCO)達成しておればイ人優先
12/24 贈賄で米司法省仏アルストムに罰金926億円、過去最大、丸紅に続き
12/28 エアーアジア機 SBY-SPR 乱気流でブリトン沖で墜落か 162名絶望

12/3 オムロン、2020年までに計100億円の対イ投資計画、EJIP工場の拡張など。
12/4 スラバヤ(東ジャワ)で路面電車やモノレール建設計画。
12/4 リッポー・チカラン、サムスンとスマートシティ開発へ。
12/19 藤田観光、事務所開設へ、観光客取り込みと現地ホテル設置調査
12/22 ペリンドII、タンジュンプリオクとチビトゥン間運河輸送整備へ
12/22 PSA、三井物産、プラブハン、プリオクで第3コンテナーターミナル建設へ
12/22 JBIC 静岡銀行等地銀行11行とホンダ2輪向け協調融資 2.2億ドル
12/23 西日本高速道路、日本高速道路、ビンタロー高速に資本参加
12/29 王子、インドフォードと紙おむつ事業合弁計画

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2014年12月29日 (月)

赫々たる清水建設の歴史

マイブログで取り上げたパクブオノ レジデンスやアストラ本社ビルの建設施行は清水建設であるが、同じくこの間の九段会館の帝冠様式と言うタイトルでマイブログに書いたのも、その施行は現在の清水建設である清水組である。 奇しくもこの1ケ月程度の中で3件も清水建設の話が出てきたのである。そして今日はその第4弾である。
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偶々靖国神社の路上古本売りからか買った近代百年史に錦絵があり、万都の目を驚かす三井ハウスというものでこの建設者として清水喜助の名前が目に飛び込んできた。直感的にこれも清水建設と関連があるのだろうと調べたら、彼こそ清水建設の創業者であり、富山出身の大工が1804年に創設した組であるので清水建設は200年の歴史を有することになる。  この三井ハウスの建設は1872年(明治2年)ゆえ喜助さんも2代目かも知れない。のちこの兜町にあった三井ハウスが国立第一銀行の事務所となったそうであるが国立第一銀行は日本最初の銀行で渋沢栄一が三井組・小野組の合弁として設立したものである。後色々の変遷を経て現在のみずほ銀行になっている。明治1年の築地ホテルから、渋沢栄一邸、日本初の鉄筋丸善、歌舞伎座、工業倶楽部、原子炉、経団連、海ほたる、チャンギ第3ターミナルなどの実績を誇り、00mnc


今ジャカルタではMNCメディアタワー、シマトパン複合施設、アストラ本社ビル、地下鉄工事など4つもの大型工事を進めている。ただ、MNCはクブンシリーのここなら、完工後数年はたっているが。。。

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2014年12月26日 (金)

パンジャイタン通りの帝冠様式

会社周りの帝冠様式の後考えたらもっとすごいのが沢山あることに気づいた。気づくほどに何らかの用語があるはずだが、我流で帝冠様式と呼んでいる。
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最初はゴルフ行き帰りでPanjaitan通り上りにいつも見る建物で、よく看板を読むとKantor Camat Jatinegaraとある。DKIは首都であるがその下は5つのKotamadjaという市がありその下がKecamatanという郡か区がありその下にKelurahan 町と言う行政区分があるが、従いこの建物はJatinegara区役所になる。Jatinegaraは北はBekasi Cimur Raya 南は Cawangの高速道路の間で、西はCiliwung川、東はスンター川の間にあり中をWiyotowiyono高速が東西に割っている。 いつもはこの高速の西側のジャティネガラの中華市場が中心とおもっていたが、この高速より東側のほうが大きい面積を占めていたことを知った。区内は更に8つの町があり、東側がCipinangなど5つの町がある。8つの町を持つのはクバヨランバルの10に次ぐ2番めに大きな区だと思う。
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この建物はJakarta.go.idにも取り上げられてDKIの大きさを誇る2011年建築だとは説明してもデザインなどには何も触れてない。ここで設計士に喝采を贈ろう。右側は消防署のようだ。

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2014年12月25日 (木)

New Shopping Mall ジャカルタ

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日刊工業新聞がこの12月23日報じたところによると“12のショッピングモールの建設進行-小売り外資の投資が加速”ということで16年までに12のモールが計画されているという。ジャカルタでは一度新規開発許可は凍結されていた筈だがと不審に思い具体的な内容を探すと同じようなタイトルのニュースが出てきたがそれはなんと2012年7月12日のものであった。Jakarta to get 12 new malls by 2014と言うタイトルでJakarta Postが報じていた。


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おかしなポイントのひとつは新規許可凍結は2011年のファウジ前市長時代で5,000m2以上を大型を2012年12月まで凍結すると言うものであったので新規があって不思議ではないことになる。そうすると2013年から2014年までに12モールプラス2015年から2016年までに同じく12 の合計24のモールが計画されたことになる。

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2014年までの物を見るとMenteng Square、Pondok Indah Mall Street Gallery、Pulomas X'venture、Kota Kasablanka、Cipinang Indah Mall、the Baywalk @Green Bay Pluit、St Moritz、Mall @The City Center、the Gateway 、Pantai Indah Kapuk Mallと10ほどの具体的名前はある。この中でKasablankaとSt, Moritzは確かに手広くオープンしたが後は知らないというかPulomasなどは未完成のママ投げ出されている。
日刊工業のニュースの中で具体的名前はマレーシアのParksonというデパートがSt.Moritzに入居すると言う内容だけで、これは新規モールではなく単に入居だけなのだが。。あのタイトルとニュースの出してとされたBisnis Indonesiaを探しても該当するものはなかった。


モールの数はジャボデタベクで260ケ所あり、内ジャカルタだけで且つモダーン・大型だけで120ケ所はあるのでもう話題となることは少ないだろう。
写真はカサブランカ通りの1kmにチプトラワールド/ロッテ、アンバサダー、クニンガンシティ、コタカサブランカと4ッツはある。

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2014年12月24日 (水)

ジャカルタの帝冠洋式

ジャカルタの建物は興味を持てば持つほど感心するものがある。民家でもその門柱やテラス、屋根の形を見るほどその豊富なデザインに見とれることがある。最近はルコなど派手で且つ色彩も縦横である。002009_1206_123217dsc09094


高層建物も日本の様な四角立方体ではなく飾り立て或いは屋根などにアクセントと置く。00dsc_1205


会社の窓から覗くビルの数々に、色々工夫を凝らした趣向を持っている。ひとつは洋風ドームの流れからかドーム風屋根も多いがビルの屋上に屋根を×方式も多い。00dsc_0480


これがジャカルタの帝冠様式と小生はよんでいるものであるが、伝統的屋根をあしらったバンドンのITBがその嚆矢かもしれない。それはオランダのMaclaine Pontのデザインなので於いておくとして高層ビルの屋根を見てみよう。00dsc_0712


帝冠様式は日本の洋式なので、インドネシア社会には通用しないが、インドネシア建築学会では何らかの用語があるのであろうか

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2014年12月23日 (火)

日本の帝冠洋式


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数年前東京ミュージアム散策で九段の昭和館を訪れた時ついでにそばに建つ九段会館を覗いたことがあり、その時の写真を探したがマイアルバムには何故かないので再度出かけることにした。それは10月のことであったが、その前にこの会館は解体される話も耳にして、既に解体されているのではないかと思っていたがなんとかそのままの姿を写真に納めることが出来た。
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わざわざ写真を取りにいったのはこの建物は1932年築の帝冠様式というデザインの代表的建物で、その表現に惹かれるものがあったからである。建築当初は軍人会館として建てられ直ぐ起こった226事件の大本営本部が置かれたところでもある。そして東日本地震でこの建物の天井が落ちて死傷者を出したこともこの建物の悲運さを物語る気がしていたからである。設計は同潤会アパートの川元良一、技術顧問として伊東忠太が協力した
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洋式ビルの屋根に日本の屋根が乗っているところが特徴であるがちょっと違うが思い出して取り出した横浜の県庁庁舎も帝冠洋式だそうだ。

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2014年12月22日 (月)

地獄の門と地獄門

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門シリーズを考えていた時思い出したのが2ケ月前に訪れた上野恩賜公園の国立西洋美術館前庭に飾られていたロダン作の鋳造 「地獄の門」である。
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ロダンといえば「考える人」であるがこの像もこの前庭にあるが、この像はもともとこの地獄の門を構成する鋳造物で門の上部に置かれている。この地獄の門は13世紀のダンテの神曲の中に登場する門で「汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ」の銘文を刻んだこの門の制作は19世紀オーギュスト・ロダンで彼は一生をこのテーマの制作に捧げた。 
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地獄門は原作:菊池寛『袈裟の良人』を大映 永田雅一が映画化した1953年の映画でカンヌ映画祭などで受賞した。平康忠の乱で荒れた京都で清盛派の首がさらされた山門のようだ。絶世の美女 京町子に惚れ抜き非情な結末を見た長谷川一夫のストーリーには一抹のロマンを感ずるが地獄の門の地獄編冒頭の3連句には我を過ぐれば憂ひの都あり、永遠の苦患あり、滅亡の民ありと我に帰させる。

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2014年12月19日 (金)

No.1 プルタミナ エネルギー タワー

これも不動産のニュースである。しかしそれは昨年の話で昨年12月ジャカルタで一番高いビル、プルタミナ・エネルギー・タワーの鍬入れ式があったと言うものである。場所はKuningan地区としかでていない。もう1年も経つので姿を表しているだろうと思って探しに出かけた。0020141213_keningan_059


クニンガン地区で場所が開いている所はカサブランカの鉱山エネルギー省の電力局事務所のある向かいではないかと直感して出かけたのであるが、そこには既に高いビルがほとんど完成しており、1年でこんなになるとは思えず一度に否定せざるを得なかった。
そこはこちらの通行の反対側で何処の何者か解らぬまま諦めて次の目的地のFraiser ResidenseがあるというStiabudiに向かったものである。そして昨日からWebで調査していたのであるが、一度は地図にPertamina Energy Towerが表示していた物を見た。そこはヤンダルマディのStiabudi本社の裏側で、少し空き地は足りないか既にビルも立っている様な所でこれも間違いだと思った。
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そこでGroundbreakingをキーで探してみるとその様子の写真が出てきた。付記してあることからそこはバクリーグループのエピセントラム・タワーの近くだとでておりその写真に写っているのはラスナサイド豪州大使館横の昔JJC医療クリニックを開設したクニンガンプラザI&IIの姿が見え、赤い縦線の入っている高いブコピンタワーも見えるのでクニンガンプラザI&IIの裏であることを掴んだ。00dsc_0271


ここにはジャカルタでは最初であった空中レストランのあるムナラインペリウムの方からアクセスできるこの運河の向こう側である。00dsc_0304


当然この河には橋が架けられるだろうがタマンラスナ、エピセントラムからもアクセスできる便利な土地である。そういえばそこは伊藤忠のマンションMenara Budiがあった。Setia BudiのBudiでなくAsid Budiと言うグループ名である。
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そこで本題のビルであるがいくつかの情報が混在するが高さは
530メートル,99階、完成は2020年、デュバイの828メートルのタワーのコンサルタント団を起用、PTPPとHutama Karyaが担当する。グリーンビルの認定も受けるが、何より驚くのはもう石油も枯渇しつつあるインドネシアのプルタミナが世界的エネルギーカンパニーを目指していることである。

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2014年12月18日 (木)

The Peak Tower No.1.2.3.4

先日のSetiabudi のFraser Residenseはその後も確認が取れないが住所はSetiabudi Raya No.9 とあり、そのResidenseのサイトに確かにでているのでこれが間違いであるはずはない。スディルマン通りのChase Plazaの所で左折して入って行く道がそのはずである。Prudential_tower


少し入るとHKBPの教会があるが左手にいつの間にかPrudential Towerが立っている。00jun07_057


その写真の右下にこの教会がみえる。0020141213_keningan_137


その右側がThe Peak Towerであるが、これはTwin Towerと言われているがその二つはNo.1 とNo.2で高さが219メートルの55階建て、ランキングでは6位である。よく見るとこのコンクリートブロックにはあと二つ子供のタワーがひっついている。それにはNo.3 とNo.4 と付され共に163メートルの37階建てである。こちらの低いほうがFraser Residenceのはずである。この4つのPeak TowerはPakbuwono Residenseと同じPodomoroグループの開発である。
これらのビルの住所もすべてSetiabudi Raya No.9である。入り口はその道をその先で左折して0020141213_keningan_144


Setiabudi郡事務所(Camat)があるがその手前だったと思う。Camatあたりの道はSetiabudi Baratと言う名前になっている。
入り口を確認できてないのであのホテルに行くには不安がある。あの時運ちゃんがNo.9 はここだと民家を指し示したりしたので頭に来たこともあるが、時間もゆっくりあるのに探し当て得なかったのはサイトにあった地図のあやふやさであった。
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そこで少し遠景から写真を取ったわけではあるが今日これを見ると又左に見慣れぬビルがあるのに気が付いた。もう日本に戻って来たのでどうにもならない。

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2014年12月17日 (水)

シンガポール政府系でもはっきり言わない不動産投資

ちょっと前であるが多分NNA社のニュースで“キャピタランド、インドネシアで複合開発”との字句が目に入りキャピタルといえばインドネシアのCAPITOLという投資会社を思い出し宿題にしていたのであるが、CAPITALANDと言うのはシンガポールの政府系不動産会社で既にシンガポール以外では中国、マレーシア、インドネシアで展開している大手であり、報道では今回はインドネシアのCredo グループとの合弁で複合施設を建設しようとするものであった。CAPITOLとは関係ないことは分かったが、今度はCredoなど初めて聞く名前である。
とあれクレドグループは不動産開発、自動車、鉱業などを手掛けると出ておりそうなら大手であるはずだが具体的納得できる情報はない。更にこの場所はCBDとのみでている。
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CBDといえばまだなんとかなるのはSetia Budi地区と、それに隣接するTanah Abang/Sudirman地区であるとせば今から空き地があると言うのは昨日訪問したSetia Budiか或いはまさか元プルダニアバンク跡ではないだろうな。ここでも満足できる情報は欠ける。
ここ1haの土地にオフィスビル、高級マンション、サービスアパート、商業施設を開発する総開発費は2億2,000万Sドル(約204億円)。2015年に着工し、18年に完成を予定するそうだ。
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Capitalandはインドネシアでは子会社Ascottを持ってサービスアパートを展開している。ジャカルタではAscott(Kebon Kacang)、Ascott(Kuningan)、00p7090066


Somerset Service Residence、Citadinesなどがあり、それは知っているが、他にバリ、スラバヤにも保有し建設中も入れると2,500戸となるそうだ。00citadines


CitadinesはMorrisseyになっているかもしれない。 不動産は投機をあおる、共に資金源不明多し、詐欺にお互い警戒等があるのか トランスパンシーには欠ける。こちらもフラストレーションが起こる。

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2014年12月16日 (火)

日本に帰る日のクリスマス

日本に帰る当日は普通ならゴルフに出かけるのであるがゴルフで腰を痛めたので昨日同様写真撮りに街に出る。家でゆっくりしていたので時間は1時間半程度しか余ってない。
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安全取ってスナヤン迄にとどめたが幸い日曜日なので道は開いてる。プラザスナヤンには日本のそごうが営業しているがクリスマス飾りに結構大きな来店者があり、安心した。
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プラザ内もクリスマス一杯で第九だったかステージで賑やかに合唱していた。帰り便は全日空だが、ガルーダのゴールド会員の恩典を使いプレミアラウンジに入るのであるが、いつももめる。チケットカウンターでは問題ないと言うし行ってみると一度は断られる。結局はOKとなるのである。機内映画は今回はエクスベンダブル3,るろうに剣心、MASE RUNNER、最後の忠臣蔵であったがどれも最後まで見る元気を探される何かがあった。
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がそのうちまだ外も明けやらぬうちに朝食になり、着陸した時もまだ6時30分、
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羽田から見える富士山は麓まで冠雪していたが、写真に取るとまだまだソニーエクスペリアでは限界だ。エクスペンダブルとは消耗品の意味だが。るろうには流浪人、1990年台の集英社ジャンプに掲載された和月伸宏作の明治剣客浪漫譚の映画化、かなりやるもんだ。

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2014年12月15日 (月)

フレイザーホテルの所在地

日本に戻る1日前、急ぎFraser Residenceという建物を探しに出かけた。前々日はパクブオノ レジデンスを見に行ったのでパクブオノをウエブサーチングした時に引っかかった物件である。0020141213_keningan_138


住所はJl. Setiabudi Raya No. 9とでていたので全く安心していたのであるが、行くとそこは民家であり、一つあるのはこの通りにスディルマン通りから入って来てモスクみたいな建物の横にある物件だけ(この写真では手前にあり写ってない)である。0020141213_keningan_133


その通りの奥に右手には昔ホテル・スティアブディがあったがもう壊されているようだ。そこを左に曲がるとその高いビルの入り口がありThe Peakの表示板を目にしたので結局Fraserは見つからなかったことになる。0020141213_keningan_153


少し離れて見ようとバクリービルの裏手、アネカビルの横の奥から遠景を撮って見た。ここに写っているどれかであろう。Fraser Residence SudirmanというのはResidenseを冠しているがホテルのようだ。大手旅行会社のサイトに紹介されていた価格は16,888円、今度は泊まる積りで出掛けてみよう。 Fraserresidencesudirmanfacade


Fraser は世界的に展開しているホテルデベロッパーかオペレーターのようだ。そのサイトにやっとこれだというビルを見つけた。ビルの屋上にFraser Residenseの名前が広告されている。108室あるそうだが一つのビルなのか、半分なのか或いは何棟もあるのであろうか

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2014年12月12日 (金)

一番高いレジデンス

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ジャカルタで一番高いビルといえばWisma 46であるが、先日のBCA Towerは4番目であった。その間に入るビルにパクブオノ シグナチャーというのがあったので見に行ってきた。パクブオノ通りにはWoodの名前の付いたレジデンスがあるのでブログにしまたその道は何度か通ったのであるが今まで気が付いてなかった。高いビルは当然オフイスビルだと思っていたがこれはレジデンスなので、レジデンスとしてはトップである。
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高さ250メートルで50階建てとなっている。レジデンスはこれで6本目と数えれば、多分これはポドモログループのものである。

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2014年12月11日 (木)

インドネシアの武道Tarung Derajat

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ブカシの1945年勝利の家の看板をよく見るとTarung Derajatと言う言葉がでている。意味はわからなかったので調べるとどうもインドネシアの武道シラットみたいなものだと分かった。
シラット以外に武道があるとはと驚きだが、これは新しいスポーツで1990年代に出てきたスポーツでインドネシアの国民スポーツ大会たるKONIで正式種目とされている。
国際的には2011年の東南アジア競技大会SEA Gameでパレンバングで紹介された程度である。図柄から見るとボクシングだろうか 打撃とケリが主要な要素である。実際は1972年にAchmad Dradjat.という人が自分の経験から編み出したもので国軍の訓練種目としても取り上げられている。そしてあの建物はこの練習所であるのである。

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2014年12月10日 (水)

投資環境 まだ続く最賃デモ

最低賃金3百万時代へ(産業別)トップはブカシ・カラワンで295万台、
政府補助付燃料価格引き上げ、イスラム団体支持得てクリア、物価影響は2%程度か
特記ニュースは
11/5  Q3のGDP成長率5.01%と5年ぶりの低成長に。
11/13 海外借入膨張中: 8月末総額2,903.7億ドル。民間は1,561.62億ドル
11/14 首都の来年最低賃金269万ルピアに決定、今年より10%アップ。
11/17 補助付燃料価格引上、普通ガソリン6,500→8,500、軽油5,500→7,500ルピア。
11/17 年内に4G LTE運営許可発行の予定:新情報通信相。
11/19 JBIC等ドンギ・スノロLNG事業に.27億ドルの協調融資、年産200万トン
11/18 BIレートを7.75%に引き上げ、燃料値上げによるインフレ上昇の抑制
11/20 従業員のBPJS健康保障登録、来年1月1日から一律義務化、産業界から延期要請
11/22 ブカシ県の最賃は16%アップの284万RP、ブカシ市は21%アップの295万RP
11/22 他にカラワン県21%アップの295.75万、バンドン市231万ルピア、スラバヤ市23%アップの271万、スマラン市(中ジャワ)18%アップの168.5万ルピア。
11/27 中国主導のアジア・インフラ投資銀の設立、イがMoUに署名。
11/27 ライオンエアー、近距離用エアバス航空機「ATR72-600」400機購入契約。
11/5  日本含む5カ国向けに到着ビザ無料化へ、来年1月のスタート目指す。
11/10 野党連合が独占していた国会委員長ポストの一部を与党連合に譲る合意

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2014年12月 9日 (火)

ブカシ ファジャールの怪

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友人がチビトゥンで大整備中の工場団地の話を聞き及んで名刺を見せてもらったらBekasi Fajar Industrial Estateである。この間からチビトゥンには何度も出掛けスズキや花王、凸版の工場群は目にしてきたが整備中と思われるものはカリマラン沿いの道路だけであり、所在が不明だったのでこの団地のサイトを見てみるとなんとMM2100のゴルフ練習場の写真を掲げていた。そういえばこのゴルフ練習場の前は最初からかなり広い空き地になっており、それを今、土をひっくり返して道路を作り団地化していた。それがブカシファジャールかも知れない。しかしブカシファジャールは聞き慣れた名前でサイトによると1989年に設立され2011年に上場もしており、総面積が1,350haもあるという。大和ハウスが10%で開発に参加したニュースもあった。なぜサイトは所在不明の航空写真とゴルフ練習場、ゴルフショップ、事務棟など数枚の写真しかないのだろうか。念の為BKPMのサイトに工場団地紹介のリストがあるのを思い出し開いてみると、なんとないのである。そしてハローインドネシアも思い出して開いてみるとここにもなく驚天動地であった。会社でこれを指し示せんと又会社にあるハローインドネシアを見せると今度はこれが出てきてメンツ潰れの逆転打を浴びたかんじであった。会社にあったハローインドネシアは2013年版、アパートにあるそれは2011年版Vol2だったのだ、新版が出るまでは長期に忘れられていたことは事実である。その新版を見るとそれはMM2100 の奥に堂々とありトヨタアストラやDenso、日立建機などの名前がでている。
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推定ではもともとこの団地は繊維王のテイネンキン氏が保有していたものその一部を丸紅とのMM2100に譲り、Fajarの方はローカル中心でやってきたものであろう。したがってFajarはMM2100 の奥の部分と前の部分(ゴルフ練習場付近)とあることになろうか。大昔日立建機の開所式に来たことがあるがそれがここだったのかは記憶にない。Bekasiと名前が付く団地が他に二つあったのも驚いたがこちらはリッポーがやっている愛称Delata Silicon とHyundaiである。 LippoはLippo Cikarangで大開発をやっておりDelta SiliconもNo.6まである。Hyundaiハその一部かも知れないがあやふやなサイトしかないので詮索はやめよう。写真は少し前のゴルフ場付近とテイネンキンの工場アルゴパンテス

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2014年12月 8日 (月)

Gedung Juang 45

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タンブン駅に向かうハサヌディン通りに大きな、古い家に遭遇する。前庭には銅像で戦う兵士が建っており、歴史のある建物である。名前はGedung Tiggiと呼ばれているがこれらの銅像を建てた時からか1945年勝利の家Gedung Juang 1945と名付けられた。00_20141202_tambung_cibitung_297


ブカシはChairil Anwarの有名な詩 Karawang―Bekasiで詠まれたオランダとの戦いの前線であったのである。ここでオランダの犠牲になった遺族に謝罪し補償をした唯一の戦いの場所がここにあり、Anwarも謝罪の話も既にブログ済である。この家は地主のKow Thing Kieという人が1910年に建設したもので2階建てで屋根の上に望楼みたいのものがありこれも数えると3階建てでネオクラシック様式である。この家はカピタンと言われたKouw Oen Huy.の所有になったりもしたが日本軍が使用した時代もある。
オランダとの数度に渡り戦いの場となったあとこのビルの変遷には幾つもの話が付いている。地区議会の役場、陸軍の地区バタリオン、イスラム大学の発祥の地、公共土木省、労働省等々の役所になったりである。
今は両隣にも建物があり、右は小生が便所を借りた消防本部である。複数の建物があることが変遷を複雑にしているのかも知れない。正しく分かった所で我々には一文にもならないが。。正面の立て看板にはTarung Derajatの訓練所となっている。

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2014年12月 5日 (金)

タンブン駅へのアクセス

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Tambungの駅を探しに行くとき一度はGrand Wisataで高速を降りたのでCibitung迄行ってしまって失敗した話はブログにしたが今回も又トライした。チカラン高速のベカシ辺りは何故か地理的感覚がないので今回復習したが。まずはブカシに近づいて大きなモールの集団があるのがBekasi Baratのゲートである。その次がBekasi Timur ゲート、そして Grand Wisataゲートの次がYKKとMM2100のあるCibitungゲートでその次はJababeka/EJIP/LippoのあるCikarang Baratゲートなのである。そしてDelta Mas Cikarang Timur ―KIIC Karawang-―TAISEIのCimapekと抜けていく。この順序がいつも混がらがる。今回はBekasi Timirでおりて Kalimalangの運河を越えて昔の旧道Juanda通りを右におれて、名前が変わったDiponegoro 通りをどんどん行くのである。そしてこの道が更にHasanudinに変わる頃がTambun 駅のあるところである。そこの辺りを左に折れる道の先に駅があるはずで運ちゃんが折れた道は車1台がギリギリの道でその先は行き止まりながらそこになんと駅が合ったのである。更に驚くことにこの駅は取り壊し中であったのである。なぜが十字架の模様のある板にペンキでStasiun Tambunの表示がしてあった。00_20141202_tambung_cibitung_316_3
ここもパサールの中にありほとんどアクセスできないが、やはりま一つ道があるのではないだろうか
ついでに又元のHasanudinに戻りこの道が更に細切れに名前が変わりTeuk Umar通りと名前を変える所辺りで高速方面に向かうとそこがMM2100のCibitung のGateなのである。00_20141202_tambung_cibitung_380


運ちゃんはそこをやめて少し先に行くとMaspionの工場の先に高速を渡る橋があり、MM2100に入って行けた。料金なしで入れたのが不思議な気がした。

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2014年12月 4日 (木)

病気の症状gejalaのインドネシア語

漢方の話の時、薬ボックスを掃除していたら、抗生物質Antibioticが出てきた。デング熱の時のものだろうか Kalbe社のReskuinという名前である。その名前でGoogle かけたら
難しい効用が出てきた。気管支炎 前立腺炎とかのようだが、副作用も沢山出ていた。
インドネシア語の勉強になると思ってそのまま取って置くと以下のようである。
どうも使わないで捨てた方がいいようだ。
Diare下痢、, mual吐き気、, muntah嘔吐、, vaginitis膣炎, kembung膨満感、, pruritus掻痒、, kemerahan紅潮、, nyeri abdominal腹痛、, moniliasis genital性器カンジダ症、, pusingめまい、, dispepsia消化不良、, insomnia不眠、, anoreksia食欲不振、, ansietas不安、, konstipasi便秘、, edema浮腫、, pegal痛み、, sakit kepala頭痛、, keringat beratambah発汗, leukorea帯白下, malaise倦怠感、, nervous神経質、, gangguan tidur睡眠障害、, tremor振戦, urtikariaじんましん、

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2014年12月 3日 (水)

マイ漢方ブーム

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日本にいる時の話: マツモトキヨシの薬剤師が教えてくれた漢方薬がある。瓶の薬効を見ると「体力中等度以下で、疲れやすくて、四肢が冷えやすく、尿量減少又は多尿で、ときに口渇があるものの次の諸症:
下肢痛、腰痛、しびれ、高齢者のかすみ目、かゆみ、排尿困難、残尿感、夜間尿、頻尿、むくみ、高血圧に伴う随伴症状の改善(肩こり、頭重、耳鳴り)、軽い尿漏れ」と全く小生用に開発されたのではないかと思うほどである。
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友人が服用して薦めてくれた薬もなかなかなものだ。こちらの効用は虚弱体質、肉体疲労、病中病後、胃腸虚弱、食欲不振、血色不良、冷え症、発育期のための滋養強壮を目的としている。
前者が八味地黄丸で後者が麦味参である。どちらも生薬(薬用の草根木皮等)だが麦味参は参と言うから説明にあったニンジン、バクモンドウ、ゴミシの3つの植物性生薬から抽出したエキスであろうか。八味は書いてあるが聞いたこともない植物の名前が出ているのでこれだろうと思うが上げてみるとジオウ、ブクリョウ、サンシュ、ボタンビ、サンヤク、ケイヒ、タクシャ、ブシ と丁度8っつである。
漢方故即効性はないが安心感と飲みやすさもあり、東京オリンピックまでに効けばいいと思っておこう。
後はアルツハイマーなどの予防は仕事とゴルフでいいと思うが右脳の訓練の為カラオケが必要かも知れない。日本ではゴルフができないのでXperiaの万歩計を使ってみるが未だかって1万を超えたことはない。そういえばXperiaでは自転車こぎくらいの腰の動きではキャッチできない。

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2014年12月 2日 (火)

BCA TowerとGrand Indonesiaを繋ぐ

ディポネゴロ通りかヤミン通りからタムリンに出てくる時いつも巨大なビルにびっくりしてきたがそれがBCAのビルである。ここが住所としてはジャラン タムリン1番地で、Menara BCAと称するが階数は56階でインドネシア1である。高さで行くと230メートルで46階ながら262メートルの Wisma 46にかなわなく現在4位である。
Wisma 46の46はBNI 1946の46でこちらも銀行が保有している。
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と言ったがこちらのBCAは正式にはBCA Tower, Grand Indonesiaというので開発保有者はGrand Indonesiaつまり先日のHartono兄弟かも知れない。そういえばそのマイブログでHartono兄弟はBCAの株も保有していると書いたがそのことの一つの裏付けにもなる。
先般Grand Indonesiaの中華レストランに行った時知り合いの方は駐車が便利なBCAからやって来たのでその時この二つのビルはつながっていることを知ったのである。写真を探して結局グランドインドネシア HIの写真となったがこれならびっくりしたと言うのはちと違う。
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2008年完成故既に6年、何百回となく通り過ぎた筈なのだが、ジャランサバンの低い住宅越しに見たからだろう。
最上階はレストランというのでジャカルタ1の高いレストランだ。価格でなければいいが。。
11階はプールだという。おじゃまできたらいつか行ってみよう。

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2014年12月 1日 (月)

年末最後のジャカルタへ

日本の晩秋は2-3日続けて終日驟雨、何故か飛び立つ日は日本全国快晴であった。前回は台風18合と19号の間のぽっかり晴れ間に富士山を眺めながら飛んだが、
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今回は機内案内があったにもかかわらず写真取れず代わりに空港からのすりガラス通した富士をアップした。
ANAは直前機種変更で出発遅れたが乗ってみた初めて気がついたのであるが機内のスペース取でビジネスの方が2/3を占めていたのだ。少なくとも小生は創業経営者の一人ではあるが若いサラリーマンに負けている。日本企業は儲け過ぎなのかもしれない。しかし今日の小生の席は3席独り占めであった。飲むのも負けてはいない。00201411_haneda_033


乗る前、搭乗口もいつもの147から106に変わっている左ウイングから右ウイングになったのであるが聞いてみると一番端の方だという。歩いて10分というので又カートを利用した。羽田はキヨスク的なものがなく端まで行くとビールが手に入らない。
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ジャカルタ空港は又出国手続きで長蛇の列、今回は到着が遅れたので幸いしたかもしれないが前回はこの列が3-5列並びびっしりだった。あまりに多いのでついにはローカル用を開けてさばいたのでそちらに走って事なきを得た。そのときの教訓で持ち運び小型折り畳み椅子をバックに忍ばせて居たが、少し恥ずかしさもあって使用しなかった。それでも開けない夜はない、ブカシ渋滞でもいつか帰り着くのである。
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空港の模様のコントラストのため羽田のクリスマス装いをアップしよう。

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