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2015年3月27日 (金)

BKT OR KBT

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ジャカルタの東洪水運河の話をしていた時に小生が使った略称KBTは間違いでBKTだと現地の人に指摘された。BKT はBanjir Kanal TimurでBanjir(洪水)が頭に来ている。インドネシア語は形容の言葉は後ろにつけるので最初に来るのが言わば主語である。
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ただこれは多分Banjir-Kanalと言う言葉が組み合わされて主語になっているものだと思う。ネットを見るとどちらの言い方もでておりどちらが正か分からない。ジャカルタには同じ洪水対策の運河が西にもあり、こちらはKanal Banjir Barat KBBだと思ったがこちらにもBKBの表現もあり助けにならない。
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この運河は相当大きくかなりの土木水準と言える。東、ジャティルフール・ダムから発した水量がカリマラン運河と名付けられカラワン、ブカシを潤しジャカルタのチャワンに入ってくる。この運河は此処で忽然と消えるのであるが水量自体はこの東洪水運河が受け止めている。
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多分多くは地下運河となっているのであろうか。そしてこの洪水運河はチピナン、Duren Sawit、Pulo Gebang、Cakung、Rorotanと流れMarundaで海に流れる。途中Cipinang、Sunter,、Buaran、Jati Kramat、Cakungの5つもの運河も受け止めているのである。
地下を潜ってきたためなのかジャカルタでは珍しい川底の石が見える透き通った水である。

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コメント

毎日読ましていただいています。1980年代後半にBKTの計画に係わった者です。
まずカリマラン運河(Tarum Barat)ですが、もともとはジャカルタ東部の農地への灌漑とPejomponganへの上水のために利用されていました。
Cipinang川を越した後Jl.Panjaitanで忽然と消えますがここから暗渠となってCiliwung川に落としていたはずです(暗渠出口は未確認)。Ciliwung川はManggaraiで西放水路と名前を変え、鉄道のTanah Abang-Serpon線の所にあるPintu Air Karetで堰上げられPejomponganで上水として利用されていました。
現在はBuaranとCipinangの浄水場への配給と各河川への維持用水のみに使われていたはずです。
BKTは始め100m幅で計画されましたが用地買収の困難さで少し狭くなっています。

投稿: たけちゃん | 2015年3月29日 (日) 12時01分

情報有難うございます。
カリマランの水量をうけとめていると書いたのは不確かでした。或いはチピナン川でしょうかね 又調べてみます。

投稿: nishimi | 2015年3月30日 (月) 15時28分

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