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2015年3月11日 (水)

ジャカルタ燃ゆ

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ジャカルタは昨日今日と火災に翻弄された。9日の夕方ジャカルタ位置のメインストリートにある高層ビルKosgoroの16階から出火、何故か郊外においてあるMobil Bronto Sky Lift(90メートルの高さ迄消火活動が出来る)の到着が遅れ、HI前の噴水で消火活動をしたが翌日朝迄燃え続けビルは20階迄の5階を焼いてやっと鎮火した。このビルはKesatuan Organisasi serbaguna Gotong Royongという名前でスカルの時代1957年に建てられたものであるが、同じ階で前にも出火したことがある。 当局はビルのオーナーの怠慢に怒っていたが、書き込みでは脱税の文書を燃やして居たのが原因らしい。その日10日にはプロガドンの民家密集地帯で出火、40世帯が焼け出された様でKorsleting(ショート、オランダ語のKortsluiting)だとしている。インドネシアではこれだけ燃えても死人はめったに出ない。もっと大きなスラム街のタナバンでは200住宅が焼失、こちらではある死体は炭になって身元不明のままである。
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これが3月5日のことであったがその3日前はコタのあの有名な中国人のお寺 金徳院のあるPetak Sembilan地帯が燃えたそうである。このお寺のいくつかの建築物が喪失したそうで、L字型の裏手にはファティマ教会やリッチ学校、少し離れるとトウセビョウ寺院などHertageが立て込んでいるところである。
KosgoroもPetak Sembilanも昔訪問したことがあり、他のところも家に帰る時やゴルフに行くとき近くを通る馴染みの所である。 一度 お見舞いに行かねばと思う。

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