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2015年5月20日 (水)

民族覚醒の日Hari Kebankitan Nasional 

今日は5月20日、スハルト辞任の前日、最頂点に達した日である。それを書くと長くなるので別の小生の原稿から民族覚醒の日に付いて述べてみよう。
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  1908年5月20はインドネシア人の民族としての覚醒を告げるブディウトモという団体が結成された日である。1901年のオランダは東インド人民の窮乏に対し責任を負うべきだとするウイルへルミナ女王の勅語に発する倫理政策による西欧式教育は上流階級の師弟に民族意識を生み出した。それがカルティニ女史でありワヒディンである。
ブディウトモの発祥の地は当時STOVIAと呼ばれた東インド医師養成学校である。インドネシア大学医学部の前身ともなるが、この歴史は古くオランダ植民政府が1851年に設立したもので1901にSTOVIAと改称されたものである。
原住民にとって医師は最高のポジションであり、ここに学ぶエリートの誇りは民族としての誇りに転化した。背景にはレトノドゥミラッハの編集にも携わって来たワヒディン スディロフソド医師の活動がありこの影響下、学生であるウトモやグナワン・マングンクスモが結成したものである。ブデイウトモはジャワ語で「最高の英知」の意味で当初は民族を問わない民衆重視の国民運動の組織として生まれ、チプト・マングンクスモ(グナワンの兄)医師は政治組織とすることまでを主張したほどであるがプリヤイ幹部層に反対されジャワ主義のプリヤイの地位向上を狙う組織になっていった。しかしその動きはひとつには民族ごとの団体の組織を促し更に時代の潮流は統一民族運動への青年の誓となって行った。
そして奇しくも5月20日はスハルト退陣1日前であり、退陣の日の5月21日はスハルトに抗議するペチシ50の一人で、多くの人に愛され尊敬を受けた元ジャカルタ市長アリ・サディキンの逝った日でもある。Petisi50は1980年5月5日アリサディキン、ナスチオン、ナッシール等50人の指導者によるスハルト政権への抗議文である。
民族覚醒博物館(Museum Kebankitan Nasional)となっている。(No.26 Abdulrachman Saleh、TEL:384-7975)

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