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2015年6月24日 (水)

ジャカルタ通勤列車に乗ろう

スラバヤの日本領事館の古賀首席領事がインドネシアの鉄道に付いて随想を発表し今外務省のホームペイジ『世界一周「なんでもレポート」』にでている。3回に分けた綴りで第1話 日本の中古車両が大活躍,ジャカルタの通勤電車、第2話 長距離列車に乗ってジャワ島を旅する、第3話 一人の鉄道を愛する外務省員として思うことである。
小生も昔から日本からの中古車両を写真に取りまた主要駅にも出かけたが未だ乗車はしていない。日本からの中古電車は未だ綺麗であり、エアコンも効いているそうだからいつでも乗れそうな感じになるが南北はバスウエーがあり西は雑踏の中のタンゲラン駅は敬遠したいし東はブカシあるいはチビトゥングはMM工場団地からは遠いし利用するチャンスはない。古賀首席領事の随想からジャカルタ通勤列車に関わる触りをピックアップ紹介すると:
*1998年頃最初は都営地下鉄三田線の72両のほぼ30年の中古の電車が東京都からジャカルタに無償で譲渡(運送経費は円借款)。
*その後も毎年のようにJR東日本,東急電鉄,東京メトロから購入され既に約800両もの中古電車がジャカルタに運ばれ,活躍しています。この数は現在ジャカルタ首都圏で走る電車の9割以上を占めるに至っています。
*インドネシアに最初の鉄道が開通したのは,日本で新橋=横浜間に最初の鉄道が開通した年より5年も早く1867年でした。太平洋戦争直前には総延長7千kmに達していました。
現在は4,000km
*先の大戦中,インドネシアに進駐した日本は軍政を敷き,鉄道も軍政下の陸輸局によって直轄運営された時代がありました。ジャカルタ近郊の通勤電車の規格は,日本の電車の多くが採用する規格と同じく,線路幅1,067mm,直流1,500ボルトとなっています。
*戦後インドネシアは,数年間の独立闘争を経て宗主国オランダから独立。鉄道も国営から公社を経て,1990年代には独立採算を目指して民営化
*ジャカルタ都市中心部を南北に貫く通称“中央線”電鉄路線は、日本政府の円借款により1993年に高架化され現在、MRT地下鉄の建設が日本の支援で行われている。また、ジャカルタとスラバヤ間の約700キロメートルを結ぶ高速鉄道の建設が計画中だ。
ご興味のある人は是非サイトを訪問下さい。 他の報道も入れて下記に補足すると
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*その後892両まで増え、運行便数を増やして渋滞緩和に役だっている。最大はJRの205系350輌(埼京線・横浜線)。   逆に道路を横切るシグナルポイントでは渋滞を起こすことになる。 写真は2013年の176両の内の最後30両の陸揚げ
*車体価格は1両およそ10億ルピア(約1000万円)、車体年齢は平均25年である。30年は耐用年数か。大体10両編成で走っている。
*車両型式は都営三田線6000形JR東日本の103系 及び205系、東京メトロの東西線5000系、東京急行電鉄(東急)の8000系などである。
*駅シリーズは小生何度もブログにしているが路線の歴史が古く現代の都市形成からいうと田舎あるいは雑踏地になっており、駐車場も少なく中にはアクセス困難なものが在ることが致命傷である。

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