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2015年7月20日 (月)

歴史を忘れるな “Jasmerah” 

タイトルがちょっと可怪しいスカルノの演説を発見したのでメモしておく。
Pertahananbangsabrogspotcom_jasmera


1966年の独立記念日、未だその地位を保っていたスカルノ大統領は彼の最後の独立記念演説をおこなった。そのタイトルは歴史を忘れるなJangan Sekali-kali meninggalkan sejarah”というものであった。 省略されて“Jasmerah”赤い服と言われたが、彼が付けたはずはなく共産党にぬめり込んでいった彼にうまく一致したものだ。
一節はまぁ普通通りである。
”歴史、それは学ぶだけではない。それは未来への相続人としての霊感を得るためのものである。歴史を学ぶことによって我々はすべてのリスクを考えて明日を生きることが出来る。そして何が起こるかを予想することが出来る。“
終身大統領、革命の偉大な指導者に迄、上り詰めたスカルノであったが、決定的つまずきとなったG30S/PMK(Gestapu)を起こしたのはやはり彼の左傾化だった。基盤とした3者のバランスであるNASACOM体制は突出する共産党と対抗する軍の力とのバランスも失ったのが原因であった。 スカルノの前にはそのような学ぶべき歴史はなく、彼が歴史を残してくれた。
しかしスカルノがもし居なかったらインドネシアの運命はどう転んでいたであろうか。2度に渉る長い流刑、15年~20年に渉る生命の危機の中で過ごした毎日(5度テロ事件に会った)、高邁な建国五原則の哲学に一気に読んだ「スカルノ自伝」であった。この本はスカルノが未だ頂点に居る時アメリカのシンディアダムスに口述したものであるが今の日本を考える時いくつも示唆するものがある。小生の住む市の図書館には無く、探してくれた千葉県内の図書館では千葉市の図書館に1冊あった。(尚Jasmerahはこの本には出てこない)
写真はpertahananbangsa.brogspotさんの労作であるが借用した。

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