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2015年7月21日 (火)

パルメラー駅も道遠し

ジャカルタの通勤列車は日本の中古車輌で綺麗になり多くの利用客を呼ぶようになったがその次は駅のリノベというのでその一つが1ケ月前に完成した。
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それがPalmerah駅である。国会横のマンガラ・ワナバクティ公園のところから下っていく道はSerpong(その先はRangkas Bitung/Marak)とTanah Bangを繋ぐ線路が併走している。
この駅は線路を跨ぐ形の駅になっていて改札はその2階にある。そこの横を通った時はやっと使えるようになったばかりで未だ完全にオープンしてないのであまり立派ではない。
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道ギリギリに駅舎が立ち2階に向かう乗客が行き交うので渋滞を作っている。こちら側は国会裏或いはスナヤン、ムリア・ホテルに行く方であり反対側は例によってパッサールのごみごみした側である。多分駅前広場はなく不便である。 
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この駅舎はジャカルタ通勤列車路線のモデルとして作られているので順次他の駅もこのようになっていくのであろう。 この道はあまり日本コミュニティには知られてないが道の名前自体が、知られた名前でない。
国会の方からPejompongan、次にTentara Pelajar そしてクバヨランの方がTeukNyak Ariefと言う名前である。

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この2階建て線路跨ぎスタイルはタナァ・バン駅舎と同じである。こちらも駅前広場はない。 タクシーは2階にはやってこれない。 そしてここにもエスカレーターはまだない。

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