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2015年9月24日 (木)

アルジュノの妻女

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スカルノは9人の妻があったことは先日書いたがマハーバラタのアルジュノは美丈夫なだけに無数の女がいたはずだ。従兄弟のクレスノは亡くなった時16,000人の妻が居たというので彼もその規模であろうがその上この人数を全部引き受けたと読んだことがある。しかし正式には4人とも書かれているのでその4人について書いてみよう。
第1妻はドルパデイ(ドラウバディ)でパンチョロ国王の娘でその婿取りの懸賞弓試合でアルジュノが獲得したが、母がそうとも知らずに5人兄弟で共有するのだよと言った言葉で5人の共通の妻にするも、最終長兄が取ることになった。アルジュノ自身は二人の逢瀬を止むにやまれぬ事情で見てしまったので掟の12年の放浪の生活に出ることになる。
2番目以降はインド原書とジャワ・ワヤンで違うようなのでインド版から見ると:
2番目:チトラーンガダー
アルジュナが着いたヒマラヤの王国マニプール王国の娘チトラーンガダーに出会い結婚した。国王とは娘も子供も国外に連れ出さないとの約束だったらしく又一人放浪に出た。
3番目:ウルーピー
ナーガの王女であったウルーピーの方がひと目ぼれ、彼女は誘拐し、地獄にある彼女の領土へ運び込み、結婚を果たしたが真理に目覚め第2妻に夫を返した。
4番目:スバドラー
放浪生活の最後に従兄弟たちが住む土地に帰りそこで従兄弟のスバドラーに恋に落ちた。彼女はクリスナの妹でクレスナーは二人を駆け落ちさせた。二人には一人息子アビマニユが生まれた。アビマニユの息子パリークシットはバラタ戦争後ただ一人生き残りクル一族を引き継いでいく。と言うものである。要約してしまうと面白味はない。

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