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2015年10月 8日 (木)

Bantenは街中がイスラム

先日のバンタンであるが次の旅行者のために書いておくと総じて印象は良くないがそれはその日はこの地方で晴天が続き旱魃気味で樹木は枯れそうで土埃が舞立っていたからかも知れない。高速でセランの東で降りてから可成り(12km程か)あり運河沿いを走ったり、運転手も何度も道を聞くほどであった。つまり観光地なのに標識に廻す資金がないのである0020151004_banten_lama_695


。当然に道路状況は悪く又行く先々でモスク建設か何かのバケツ募金を求められ最初たまたま着いたのはイスラムの廟であった。ドンドン中に入ったのは良いが、子供達にお金をせびられまとわり付き飢餓状態の恐ろしさを知った。この後もこのようなことは続くので小銭や便所用の2千ルピア紙幣が沢山要る。
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ここは写真もそこそこながら後で見るとMaulan Yusufとあり、2代目のスルタンで1579年にパジャジャラン王国を滅ぼしている。
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バンタンで一番有名なのはミナレット塔を持つアグン・モスクでインドネシアでも最古に属するがこれが上のユスフの父マウラナ・ハサヌディンが作ったもので彼はイスラムの聖人の一人Sunan Gunungの子供であり、デマク・のイスラムから独立して最初のバンタンのスルタンになった人である。このモスクの周りは多くの観光バスなどで旅行者が集まり、掘っ立て小屋程度の施設で飯など食べたりしていたが、我々むきではない。ここはモスリムに取って聖地なのであろう。このアグン・モスクに行くのはあまりのブロックの多さに諦めたが、少し戻りかけると又道路が閉鎖されてており、お金をせびられた。
頭がひらめき少し道などを聞くとよく知っている男だったので1ケ所当たり1万ルピアで道案内させることに成功した。後は10ケ所ほどバンタンの全てを顔パスで回ることが出来た。同郷、同教のつながりの強さにも敬服することだった。

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