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2015年12月29日 (火)

今は昔か カルティカプラザ

ジャカルタの重要幹線タムリン通りはモナスの南端からスディルマン通り迄であるがそれがどこかはちょっと不明。 手持ちの地図(Mastara社)ではHI ラウンドアバウトのところからスディルマンと記入されている。しかしいつだったかスデルマン通りの入り口を現す如くそこにスディルマンの像が建立され、また殆どの日本人が知らないそこの駅名がドゥクウ・アタスがスディルマンに変わっているから間違いはない。
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HIからそこへは鉄路を超えることもあり陸橋的に上り道なっており、そこに立つビルがないこともそこがまだタムリンであることを意識させることがないからである。登っていく一番端は今はUOBの高いビルが発っており、その住所はタムリンNO.10 であるので陸橋のどこかの部分からスディルマンになるのである。
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そのことを確かめるため昔そこにあったホテル カルティカプラザがあったことを思い出し探してみると なんと今も営業しているKartika Plaza Hotel、Jl. Thamrin No.10が出てきたのである。そして示された地図にはMentengもCikiniもTeuk Umarもある。縮小するとそこは南タンゲランであったが、そこにはビンタロの地名があるのでジャカルタでごまかしているようだ。昔カルティカプラザホテルでは日本人が裏にあったプールでスキューバダイビング教室をやっていた。小生にはUOBよりカルティカだ。 
1997年迄あったそうだがSkyscraperから借用した写真はもう多くのビルが林立している。

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