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2016年1月10日 (日)

1月11日タムリンの日

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明日1月11日をタムリンの記念日とした報道を目にした記憶があったがこの日は国家英雄M.H Thamrinの亡くなった日である。時に1941年故75年前である。生まれた年は1894年であるので46歳であった。1894年と言えばこの間ブログで書いた通り、オランダがバリ侵攻のあとロンボクを攻撃した年、で日本は日清戦争の時代である。
父は文献ではAyahnya, Thabri Thamrin pada masanya tergolong orang berada. Thabri adalah seorang wedana とある。このberadaと言うのはBelandaではなく、存在すると言う意味の自動詞形であるが富裕の意味もある。Wedanaも不明だがオランダ植民政府の行政執行者例えば知事とかに当たるのであろう。伝記はこのブログで何度も登場しているが死亡に付いては日本に傾斜しているとして逮捕され投獄5日目の午後4時に死亡しているので虐殺説もある。投獄前はオランダの警察により家族共自宅に監禁状態であり、すでに病気状態であったようで心不全であったとするものもあるがオランダ側は自殺としている。タムリンの3番めの銅像が2012年に建ったが
タムリン通りと交差するMerdeka Selatan側であった。

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