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2016年2月16日 (火)

Ada apa dengan sopir 

運転手に何が起こった? ジャカルタに居る時の話で会社の前のスディルマン通りは4時半過ぎると3 in1の車規制が始まるがそれに関わる話である。ある日帰社する時直接スディルマン通りに出るには車内に運ちゃんと小生の2人しか居ないのであと一人ジョッキーを乗せねばならないため裏道を少し遠回りすることにした。
その道には多くのジョキーが手を上げて待っている。運ちゃんに早く乗せるようにせっつくがどうしたものか乗せないまま規制道路に出てしまった。ジョッキーは多いが乳児を抱えたおばはんや不良少年じみた者ばかりではあるが、余り選ぶものではない。そこの先はいつも警官が張りこんで居るところで小生も呆れ諦め、横のモールに退避するように指示するも、
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これも無視されついにその先は警察本部となった。小生もついに諦め、クッションであと一人乗っている振りしながら通り過ぎるとまず一人の警官が大通り側に立っている。彼が大通り側を見ている間に通り抜け、更に警察本部の正門に一人、その先に一人と合計3人が居たのであるが、どういうわけか気づかれずに逃げおおせることが出来た。多分渋滞するので見逃したのかもしれない。この話は傑作な話なのでその後インドネシア人に話して聞かせたのであるが、ドンドンとタイミングを失いついには行ってはいけない警察本部(KOMDAK)に来た切迫感から、このスマンギモールを通り過ぎると「そこには何があるか」ということでApa ada disanaと質問を投げかけたのであるが、彼らにはこの切迫感は解ってもらえず、それを言うならApa ada でなくAda apaだということになってしまった。小生は今もってApa adaは間違いだったのかと冷や汗をかくものがあるが果たしてどうなのだろう。
Apa ada disana? = is not“What exists there?”???  Somebody taught me
Apa ada = Apakah ada ~ = looking for . So Apa ada is wrong usage bahasa


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