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2016年2月10日 (水)

ブルーバードの成功物語

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ジャカルタのタクシー業界は古くからブルーバードが独走していたが、それには我々日本企業の社員用社用車(特に家庭車)配車システムの創造とそれに対応してきた同社の関係が成功を確実にしてきた様な気がする。その一つは例えば5年間のレンタル料を現価計算し前払い、購入保有・メンテさせることもあった。その当時とは日本のバブル時代であったが多分交渉の相手が今やインドネシアの富豪の一人になっているPurnomo Prawiro氏ではなかったかと思う。その生まれは少しドラマ的であるが実は父親が警察アカデミーPTIKの校長であったが1965年になくなった際学校から記念にもらったメルシーとオペル2台を使って母親とレンタル会社を作ったというものである。
最初はスラバヤで兄が営業を担当、Purnomoは運転手となり、70年代には60台を保有していたが、当時のジャカルタ市長アリ・サディキンはジャカルタでも許可を開放し、彼らは借金して100台を購入ジャカルタ営業を開始した。その時から母親のアイデアから幸せの鳥ブルーバードの名前で、1985年には兄がPTIKに転出、彼が最高経営に当たった。 1985年には2000台、93年にはSilver Birdを発足させ2014年現在で22,000台、Bandung, Banten, Batam, Lombok, Manado, Medan, Padang, Pekanbaru, Palembang, Semarang, Solo, Surabaya, Yogyakarta,等各地でも営業を展開している。ついでに言えばBenz使用のSilver Birdの他にVIP用リムジンのGolden Bird, チャータードバスのBig Birdがある。小生もスラバヤやスマランに行った時はブルーバードをメーターでハイヤーし全く快適・安全に旅行が出来たパートナーであった。会社は2014年上場し彼自身も2015年フォーブスで15億ドルの資産を保有するインドネシアで14位にランクされた富豪なっている。

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