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2016年3月30日 (水)

OLVEH(Eigen Hulp)の地盤沈下

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一昨日のオランダ時代の建物OLVEHの改装報道では改装関係者の発言として、この建物はジャカルタ地盤沈下の証人だと言う話があった。彼が言うには工事の始め(pada awal pengerjaan)、この建物の一階の床のレベルは道路面と同じ(sejajar dengan permukaan Jalanxx)であった。しかし2階の天井の高さと1階の天井の高さを比べると低く( rendah jika dibandingkan dengan skala lantai ke langit-langit di lantai satu dan dua)なっていた。建物を当初のレベルに戻すため解体して解ったことがこの建物の床は道の表面より95cmも低くなっていたことである。この建物の建築は1921年だから95年前、從い毎年1cm低くなっていた(lantai dasarnya sudah turun sampai 95 sentimeter. Artinya, dalam satu tahun, 1 sentimeter)と言う訳であるが、この文章では何を言っているかわかりにくい。ジャカルタの地盤沈下はもう何年も言われてきており、確かに場所により沈下の違いはあるようで平均5~10cmと言われ、それが地下鉄の建設が遅れた理由と理解していたもので、1cmなら平均以下である。平均以下ならこの一帯、ビル前の道路や正面の駅周辺共々低下しているはずなのに95cmは道路からの沈下である。從いこの沈下はこの建物だけの沈下と言う事になる。ジャカルタ地盤沈下は乱開発による地下水の上昇や海面の上昇が原因とされ国際的機関も後10年もすればジャカルタ全体が海面に沈むと警告しており、それが本当ならどうするのであろうか。 地下鉄は地下であるので海面下でも塩水の悪影響以外同じだという論法であろうか。
小生が推定する事実はこの建物の前の道はJembatan Batu(あるいはAsemkaに繋がる)であるが、この道は大昔は運河あるいは運河沿いであった。つまり低地の湿地帯であったであろうということであるが、これが関係あるとすると、このビルの場所だけが駅前などに比べ沈下が激しいと言うことになるが、ジャカルタ地盤沈下自体よくわからない。本当に小生もあと10年程度で海面下のジャカルタを見るのであろうか。

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