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2016年5月18日 (水)

スマトラ横断鉄道

リアウ州プカンバルの観光資源に旧日本軍が作ったスマトラ横断鉄道があると思ったが、最近のニュースで、観光資源どころではなく、この鉄道は廃線となり打ち捨てられていたことを知った。
Saketi_2


ニュースは現在工事も始まった(?)スマトラ縦断道路で、この廃線の土地が縦断鉄道に使われるものであった。このスマトラ横断鉄道は日本軍が占領直後の昭和17年6月の現地調査の後東側はマラッカ海峡にそそぐシアク河の川港プカンバルとインド洋側のムアロまで300kmの鉄道で、それには泰麺鉄道の建設を終えた鉄道九連隊と民間業者(間、西松、大倉)が僅か2年8か月の突貫工事で完成したとある。これには住民何十万(ratusanribu)が駆りだされ多くの犠牲者を生んだため第25軍司令官らがBC級裁判で処刑されている。
Muaroとは聞かない名前だが、インド洋側のパダンまではまだ100km弱ありそうで人口20万程度の山岳農村地帯のようでなぜ日本軍はここまでだったのか、又なぜ縦断道路で、この横断道路(計画はパダン迄伸ばす)を作るのか疑問が湧く。日本軍が作った鉄道は完成した時は既に日本の敗戦間近(?)でその後も一度も使われなかったというから、何の物の動きもなく不必要な路線であったことは推定できる。
写真はスンダの別のものだが同じような日本軍の新線である。

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