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2016年5月 2日 (月)

シアク王国

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リアウ州の観光資源の一つにシアク宮殿がある。州都ペカンバルはシアク河の中流にあるがそこから下流のシアク・スリインドラプラ(まだ河口ではない)に、この宮殿はある。シアクというのは地図ではこの2つが残っているが、シアクと言う名前は我々には余り馴染みがない。
この地域は土着のムラユ(マレー)族と、やってきたミナンカバウ族との混血のカチュ社会であったが、マラッカがポルトガルに落ち(1526年)、その一族はジョホールに移ったあと、王族の抗争でラジャ・クチール一派が追われて、この地にやってきてシアク王国を建国(1723年)したが、一族抗争が起こり1858年にオランダの保護下にはいった歴史がある。このスルタン王国はスルタンとしては1945年まで続いている。
シアクを保護領としたオランダはこのあとアチェと最後の仕上げに入るのである。

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