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2016年5月19日 (木)

バンタムのSaketi-Bayah 縦断鉄道

Saketi_map


だいぶ前にコンパス紙から切り抜いた日本軍の鉄道写真があった。スマトラ横断鉄道で思い出したて取り出したが、これも死の鉄道と言われた日本軍の鉄道敷設であった。路線の両起点は馴染みのないSaketiとBayahで、セランの南からインド洋サムドラビーチの近く迄である。 SaketiはRangkasbitungからスンダ海峡のラブハンに向かう中間点で当時オランダが既に鉄道を敷設しており(今はないか)、その駅舎が残っている。Bayahはスカブミから国道3号線をサムドラビーチホテルに向かう間にある、このBayanの山岳に石炭が取れていたようだ。 たった89kmである。ここを43年2月から開始し44年4月には開通したが山岳地帯で20もの橋を架ける難工事で、ジャワから徴発された若者を中心とする多くの労務者が使用され多くの犠牲者を出した。
コンパスの記事の主題はこのBayahにタンマラカが来ており、労務者側に立ち食べ物や医療の世話をした様な話でBayanにはタンマラカの銅像が立っている。Deathrailway111


この鉄道は1950年迄は使われたが、労務者の命も無駄に死の鉄道は鉄道そのものが姿を消した。

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