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2016年6月15日 (水)

ヤコブソンの他人の思い出

http://iwanabdurrahman.net/にNV. Jacobson van den Berg.に付いての思い出話が出ていたが、この会社はかってのオランダの商社Big Fiveの一つであり、
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バタヴィアではカリブサールのトコメラーを会社にしていたと言う歴史が触れられていたが、この会社に付いては小生も「Jacobson van der Bergのもう一つの本社」などいくつかのブログで何度も触れている。もう一つの本社と言うとおりJl. Malaka No.14に居たこともある。 トコメラーに居たのは1934年から1957年の国有化される迄(日本の占領時代を除く)ある。Jacobson van der Bergの設立は1860年だからもう一つの本社は1934年前であろう。確かにこちらは街路樹が建物にめり込んで倒壊を防いで居る。
日本の占領下は彼らは追い出されたはずで、このIwanさんの文章には「日本が蘭領インドを占領した後Jacobsonyaその他4つの会社の上級幹部の多くのオランダ人従業員は所在不明となり、多分大日本に殺戮されたと推察されている」と物騒に書かれている。
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彼は1950年当時のオランダと現地人の間の子の生活も思い出話で描写しているが、Cewek IndoはCewek buleより可愛いく、ラパンガン・バンテンでボール競技をやって居る時は多くが目の保養に見に来ていたが彼らは現在社会省のあるサレンバやクラマット、マトラマン地区に住んでいたそうだ。
なるほどだから現在もこの通りは多くのオランダの遺跡が多いはずだ。

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