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2016年7月18日 (月)

バタビアの古い運河とバナナマーケット

前回のRotterdam LLyodの横がVleuten Coであったビルでそのブログでここの北が昔バナナマーケットであったと書いたが気になって調べてみた。この当たりはカリブサールチムールの最北端の一角で今世の中に紹介する記事がないからである。00dsc_0106


コタ・インタンの吊橋を渡って東側に来ると現在はNelayan Timurと言う名前であるがその袂に大きめのバスターミナルがあるところである。それこそ大昔1619年頃クーン総督がこの地を獲得した直ぐ、現在のカリブサール(チリウン河)から水を引いて最初の人口運河を作ったようでその名前はOudekerkgracht(旧教会運河)であった。その南(現在のワヤン博物館)に教会があったからでその後相次いでKerkgracht、Groenemarktsgracht, Groenegracht と名前を変えて20世紀になる前に埋められGroenestraatとなった様で、その場所は吊橋の少し南のターミナル辺りからJalan Cengkeh (昔Prinsenstraat)に向かうKali Besar Timur Iの辺りだとしている。或いは上記Nelayan TimurにもOudemarkgrachtという運河が走っている。
このOldmarketとGreenMarketの間の土地が謂わばバナナマーケットであろう。この地を訪れた?キャプテン・クックもその名前を触れた記録があるそうだ。
00may_09_batavia_051


不思議な事に現代の地図でもこのバナナマーケットの地名を発見したがそれはCengkeh通りの更に東側であった。
Cengkeh通りからKB TimurIIIをつき切って南を見るとジャカルタ歴史博物館が正面に見える。

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