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2016年9月17日 (土)

現在のタイヘル運河通り


00_keukenhof_tijgersgracht


Jl. Kunirのオランダ・レストランのキューケンホフの駐車場はすぐ横にTijgersgrachtと鉄線で表示された入口があるが奥も見えるので駐車できるかもしれない。入口に書かれた名前であるが、これはバタヴィア時代の道路名で現在のジャラン・ラダである。なじみのない名前であるがファタヒラーに行けば必ずここは通るほどの通りで簡単に言えば北からコタ駅に出てくる BNIビルの前の通りでセラミック博物館の前を北に延ばせばこのキュウーケンホフの所に出てくる。

Atigersgracht_1770

そしてこれがバタヴィアの最後まであったかどうかは疑問でもともとTigersgrachatはジャガタラお春時代にタイヘル縦割りと言う運河でもあったがこの運河は19世紀までには埋められているはずであるからである。1770年頃のこの通りの風景画がRachにより描かれているが、その絵には当時の総督Jeremias Van Rimsdijktの家族がこの運河添いの道を疾駆する風景である。 


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