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2016年11月 3日 (木)

画期的でもあるジュアンダ

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新5万ルピア紙幣のジュアンダは、ジャカルタのジュアンダ通りなど各地の道路やスラバヤ空港などの施設にも名前を貸している。
タシックマラヤの1911年生まれ、1963年没で、正しくはIr. Raden Haji Djoeanda Kartawidjajaと称される。 多くの閣僚経歴を経て1957年インドネシアの10番目首相となった。この首相の地位はインドネシアが1945年独立した同年末シャハリル政憲議会制に切り替えた後12年で16内閣が10人で入れ替わり、ジュアンダが最後の首相であり、1内閣で一番長く務めた首相であり、一番懸案事項が多かった首相であったのである。
在任期間は1957年4月から1959年7月9日である。
この間の出来事を拾って見ると;
1957 9月14日 スカルノ・ハッタ2身一体協力声明するも後破たん
1957 11月29日 イリアン統合国連4回目でも否決、国連で解決放棄し強硬策へ
1958 1月20日 日本との講和条約、賠償協定調印
1958 2月15日 ブキティンギで、革命政府宣言 PRRI  地方の反乱
1959 2月19日 45年憲法復帰、指導される民主主義発表、ナサコム体制
1959 7月10日 スカルノ、政憲議会解散
この他事績で有名なのは1957年のジュアンダの宣言でインドネシアの島嶼部すべての海域をインドネシア領としたものである。 そして亡くなった年に国家独立英雄に叙された。これも最短かもしれない。


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