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2016年12月15日 (木)

3回の偶然のHermitage/Telepoongebouw

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何か思いだせないが、古い本の挿絵でCilacap通りに昔のオランダ時代の建物があったが、その後地図を見ても何も書いてないのでそのままになっていた。そうして3年ほども立ったのであろうかふとしたきっかけでその通りにはHermitage というHotelがあるという記事に当たり、それはGoogle Mapで確認したのであるが、今回ジャカルタに行った際そこを訪ねてみた。2007年にブログにしたCik di Tiro通りのBunga Rampaiと言うインドネシア宮殿料理屋があるがそこを右に曲がった通りがCelacap通りで短い通りで初めて通る道である。

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曲がってすぐ且つ通りのまん中辺りにある。強そうな守衛がいるので中に入るのは遠慮されたが、あとで写真を見るとこの建物は古い建物のファサードとか窓装飾などを残している。そのような優しさもあるというのなら入れば更なる情報も得たであろうが致し方ない。その3回目のきっかけは古いパソコンのMy Favoritの中のColonial architechture in Jakartaと言うサイトの中ほどに2行ほど出ているTelefoongebouw Mentengという名前を確認でき、更にJakarta.go.id.で以下の事が解ったものである。
この建物は1923/24年に建てられたもので電話局であったがオランダ再上陸後はDepartement van Onderwijs en Eredienst;すなわちKNIPインドネシア中央国家委員会、その後は教育省が1996年間で使用しブンカルノ大学の講堂(Ruang Kulie)に使用されていた。 そして2014年になってこのホテルとなったもののようだが保有者は聞けなかった。裏庭にはプールもあり、L'Avenue Restaurant やLa Vue バーなどもあり、なぜか Tribute Portfolio Hotelと言うジャンルを作っていた。まぁ価格は最高クラスだ。


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