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2016年12月 8日 (木)

Cipto Mangunkusumo


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チプトマングンクスモは新貨幣200ルピアコインの像となる予定である。その名前はジャカルタトップの病院の名前で誰でも知っている有名な英雄である。今のコインには英雄像の刻印はなく、この小さな金額のコインに陥れるには気の毒である。新貨幣の紹介では「植民地時代の民族主義者」とある。調べてみると昔ちゃんとブログしているが要点を採録する。
1886年中部ジャワのアンバラワ生まれ、1905年ジャカルタのSTOVIAを卒業。 ブディウトモに加入したが、地方エリート化に失望1912年にDouwes DekkerとSuwardi Suryaningratと共に初めての政党で且つ全国組織であり何よりも独立を求めた東インドネシア党を結成し初期の民族運動に炎となった。1913年スワルディの筆禍事件で共にジャワからオランダに追放、翌年帰国するも1920年、ソロを追放されバンドンに移された。
スカルノの最大の師であり、国民党結成へ駆り立てた。1927年に各地の共産党の蜂起の嫌疑からバンダナイラに追放更に13年後マカッサルに移され最後はスカブミに移された。1943年病没。1964年国民運動英雄に叙された。

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彼は東インド医師養成学校STOVIAを卒業しているが上記Biographyには政治活動と追放ばかりで職業の記述はない。名前の付いた病院から判断してやはり医師だったのであろう。


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