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2016年12月19日 (月)

去りゆくバハルディン

19日からインドネシア・ルピアが新しいデザインの紙幣・コインにすり替わるがそこに登場する偉人画像はインドネシアの英雄達である。1万ルピアにはカイシエポと言うなじみのない英雄で、先般このブログでその伝記を紹介したが、消えてゆく人たちの中にも知らないままの人がいる。
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同じ1万ルピアのバハルディン2世である。急ぎ調べるとパレンバン地方のスルタン国の7代目の王(Raja)でオランダとの長期の抗争したことが英雄の根拠になるが、その名前はパレンバン飛行場の名前になっていたり、

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博物館になっていたりする。Sultan Mahmud Badaruddin II (1767-1852)がオランダの支配から人民を救ったのは1811年9月であるが、其のあとオランダはイギリスとの戦争に敗れ支配地を放棄、パレンバンはイギリスの支配することとなりラッフルズは1812年に軍を派遣してきた。スルタンはゲリラ戦に転じ苦慮したイギリス軍はRajaとして認めざるをいなかったという。その後イギリスは占領地のオランダ還付を認めたため1814年にはオランダは戻って来た。バハルディンは2度3度とオランダ軍を押し返したが1821年ジャワからのKock 大将の軍には敗北、降伏はしなかったが、テルナテに追放されその後の32年間その地で崇高な立場を維持した。パレンバンでは彼の戦闘精神を受け継いだ人々により1881年迄数度の反抗戦でオランダを苦しめたという。

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