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2017年1月 4日 (水)

Jasindo その4 設計家Cuypers派

ファタヒラー広場のGedung Jasindo の設計はAA Fermont and Cuypers Bureauと紹介したが後一人Marius Hulswitを加えた3人の設計者はよくパートナーを組む設計事務所のようである。
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彼らの名前が出る建築は90以上もある。
バンドン、スマラン、スラバヤ、メダン、マラン、ジョクジャ、チレボンでも多くあるがバタヴィアだけでも十数件数えることが出来た。
Eduard Cuypers (1859-1927) は本国でネオゴチックの大御所P.J.H. Cuypersの甥であるが彼の事務所はネオ・ルネサンスのアムステルダム・スクールと呼ばれ多くの画家を育てている。

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アムステルダムではHertogenbosch駅舎やVeendam 駅舎があるがバタヴィアではウィキペディアではEscompto Maatschappij、Kimia Farma、Bank Indonesiaが挙げられていた。
BI (Jawasche BankはバンドンもHulswitと一緒である。彼のjuniorも叔父のjuniorも画家であるのでCuypersだけでは特定できない。


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