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2017年2月28日 (火)

北朝鮮とインドネシア

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北朝鮮の暴挙でジャカルタがニュースに登場しているが、その一つが暗殺の準備にジャカルタにある北朝鮮レストランが使われたというものだ。小生の知るレストランはかってGandaria Tengahにありそれが閉鎖されていたのを見て座間味艪と思ったものだったが、今また探すとクラパガディングのMOIの手前にもあり、2店あったことになる。この場所は昔行ったことがありその時は中華レストランだったと思う。レストラン紹介サイトの訪問記にはまずかったとの意見であった。韓国人が行くとは思えないのだが誰がいくのであろうか 東南アジア中心に多くの平城レストランが営業されており多分国境をもつ中国には無数にあるのかもしれない。

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あと一つは北朝鮮とインドネシアの友好度合である。その象徴にインドネシアが命名権と共に献上した金日成蘭がある。その前に北朝鮮の国際的地位を見てみると;まず日本敗戦後米ソが南北分断占領しその後北の侵入から勃発した米中朝鮮戦争が1953年に停戦を迎えたものの固定化されたままになっており、国連は1991年に初めて南北同時加盟を認めたのでその時以降北朝鮮を承認した国はイギリスなど或いは新興国中心に増えて164ケ国になっている。未承認国は米韓日仏イス・サなど26ケ国。 マレーシアは73年頃からか、現在ではVisa なし往来を認めている国になっていたが今回思い知ったことであろう。インドネシアはスカルノ政権末期の1965年春からである。スカルノの国際舞台登場は55年のバンドン会議であるが、65年はその10周年で、第2回会議がアルジェで行われる予定(後にクーデターで流れた)であったがその前にバンドンでそのセレブレーション会議が行われたものである。当時マレーシア粉砕を怒号し共産党に傾斜しつつあったスカルノは金日成を招待しあの花を献上したのである。南北朝鮮は共に55年頃はバンドン会議どころでなかったが今回は南の朴正熙が国内外問題で、北だけが来たことになる。北朝鮮はこの蘭の栽培法を開発しその後金正日蘭も作りファミリー花として大いに利用してきた。この金日成花の委員会の名誉会長にデウイさんが就任しているが、今回の事件で彼女も今後の態度を決めかねているようだ。Air KoryoのKL線は記録にあるがJKT線は聞いたことはない。この花も陳腐化しており、友好と言ってもその程度の事だ。写真はないのでクラパガディングの道路風景と 花を掲げた。


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