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2017年3月 8日 (水)

Dharma Niagaが遺したもの

先般のじゃがたら小春のRoa Malakaには歴史的遺蹟はないと書いたが、一つあるとすると、既に過去となったDharma Niagaと言う国有商社の名前が表示されたままの建物があった。 
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Roa Malaka Selatan通りのタンボーラ税務署の筋向いである。建物はあるが本社ではなさそうであり、この国営商社の本社は一応ファタヒラー広場のカフェ・バタビアの左手にある大きなビルのようだ。 

00_cipta_niaga_kalibesar
しかしこのビルについては小生が昔ブログ「Cipta Niagaの生まれと現在」に書いたときは運河側にある二つの塔を持つ大きな建物と一体でCipta Niagaが運河側の建物もカフェバタヴィア側の建物も持っているとしたものであったが、


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今見つけた大昔の航空写真によると上述の通り、カフェバタヴィア側の部分はCipta NiagaでなくDharma Niagaであったのである。 この写真はこの建物を現代的リテールとエンターテインメントの為にリノベする半官半民のOMAのものであるので間違いはない。このような混乱は次の様に解釈できる。

00faflatehan_095

この建物の所有は現在ITCと言う国営商社でITCは当時のCipta Niaga、Dharma Niaga、Pantja Niagaの3社を合併してできた会社でCipataが筆頭で代表される文稿があってもおかしくない。更に歴史をさかのぼるとこれらはオランダ時代の商社Big Fiveを接収したもので、Cipta NiagaはInternatio、Dharma NiagaはJacobson van den Bergとされるが、小生自身、いまだ確認はできていない。と言うのはこの接収の時以降の国営商社の事業は芳しくなく色々と合併の歴史もあり諸説をうんでいるからである。Jacobonのものとした建物は Toko Merah,、その裏の崩壊中の建物、,Majapahit通りのITCビルなどもある。


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