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2017年3月10日 (金)

NHMとKPPN

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ジャカルタのColonial buildings and structuresのリストに不審なアイテムがある。その昔の建物はオランダのNHMであるが場所はファタヒラーでなくNoordwijkであり、現在はKPPNという。

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NHMと言うのはあの強制栽培時代から東インディアから収穫物をどんどん積み出した強大な商社であるNeder-landsche Handels Maatschappiであり、これは曲折を経てコタ中央駅の前のMandiri銀行博物館になっているはずのものである。
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場所のNoordwijkは現在のJuanda通りなので、ここにも営業所の一つもあったのであろう。紹介文には1910年にEduard Cuypers M.J.Hulswitが設計したもので、1984年に取り壊されている。そしてそこを訪ねると確かにKPPNと言う現代的建物がある。KPPNというのはKANTOR PUSAT DIREKTORAT JENDERAL PERBENDAHARAAN
でDG Perbendaharaan (国庫総局)の独立事務所のようで国家の歳入歳出を管理する庁である。

00_kppn_pusat
全国30州にKPPN事務所(Kaneil)を持ち本部はラパンガンバンテンの旧大蔵省の裏側にあり、JKT州事務所は又その裏にある。従いJuandaの事務所は何だろうと写真に目を凝らすがKanwil XIの下部組織のようであった。 国庫総局の機能の詳細は調べてないが、全国にこのような地方事務所を中央政府管轄下で持っているのは同じ財務省の租税総局があるが、インドネシア共和国も大きくなったものだと感心する。

PS: 事務所は州事務所の下に主要都市にあり、その数200を超える。


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