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2017年3月20日 (月)

昔から綺麗なサランガン湖畔

Sarangan_hotel
昭和18年、予定のないまま従軍作家が何故か気に入られたマディウン施政長官の計らいで治下のサランガンで1.5ケ月も過ごす。
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サランガンSaranganとは、中部ジャワとの国境にある観光地で休火山の霊山Lawu山3,265mのふもとであり南にWisata Telaga Sarangan湖を望む素晴らしい景観を持つ。
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当時はここはマゲタン県下でマゲタンの県長はソロ王家を継ぐ6代目の土侯である。その下に1市5県15郡あり郡は76村で村は20区で構成されていた。日本軍政の施政長官はマデウンに住んでいたが彼が動くと県長郡長村長の車列が延々と連なり宴会も出し物も又延々と用意されていた中、長官は長靴の足をテーブルに投げ出し大声を張り上げて急がせるかと思うと、すぐ飽きて勝手に中座する封建ぶりをみせる。当時日イ友好の絆を謳う軍国歌謡「八重汐」が出てくるが小生も初めて聞く尊大なものであった。 連合側の男たちはLawu山の北のナウイの拘禁所に収容されていた時代で、街にはまだ多くの外国人婦女子も生活するなか日本軍はキニーネ、鐵工所、砂糖工場、ホテルなど接収し土足で住宅に入り込むなど我が物顔に生きているようだった。

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Magetanから道を取り、湖畔に差し掛かる道は田舎の観光地で 衣料やお土産屋が軒をつないでいる。 そこからLawuさんに向かう道はなく 東側の山麓に点在する住居を縫う道から山に登ろうとしたが、5kmも手前でgoogle車は行き止まりとなった。GoogleMap様有り難う、全編googlemapより借用画像である。


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