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2017年3月17日 (金)

東ジャワ州庁舎の設計

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Gedung Grahadiの前の道Jl.Gubernur SuryoをTunjangan Plazaに向かい更にHotel Majapahitを超えて2kmも北に向かうと英雄の塔である。
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その向かいが州事務所とBappedaがある。スラバヤに行ったのは東日本大震災の日であったが、その前日にここもちゃんと写真に撮っていた。


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Google Mapから撮って見るとこうなる。
文献によればIr. W. Lemci設計で1931年完工のローマ風だという。
確かめるためLemciを探すも彼は昨日の官舎の設計者として出てくるだけで、それが間違いだろうと確かめる伝手がない。後に1945年10月スカルノがこの場所で連合軍のHawtorn将軍と休戦協定を調印したところとなったが、翌11月9日最初の東ジャワ長官のSoerjoが連合軍が出した無条件降伏の最後通牒を蹴った場所ともなった。

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