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2017年4月24日 (月)

BAPEPAMの隣りのGedung Ali Wardhana

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BAPEPAM-LKがOJK(金融サービス監督庁)となった建物Gedung Sumitro Djojohadikusumoはこの間通ったときはこの名前は写真に写っておらずやはりOJKだけであった。OJKとは、アジア金融危機の後の時代から銀行の監督をいかにするかの問題があり、中銀が担当してきたが、片や資本市場管理庁はBAPEPAMが担当しており、BAPEPAMに財務省管轄のノンバンクや保険の監督機能を付したのがBAPEPAM-LKであった。これに中銀の銀行監督機能を移し金融サービス全体の監督を任せたのがOJKで世界的にもここまで集中した国は少ない、いまだ実験中だともいえようか この建物はバンテン広場の裏側のダーンデレス・コンプレックスのワヒディン通り、財務省本館コンプレックスに面してある。
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この建物の左隣が経済担当調整大臣府で建物の名前はGedung Ali Wardhanaである。これをAA. Maramis館としてこちらもBAPEPAMの物としている者があるがそれはまだ未確認である。ところで経済調整大臣府はメダン・ムルデカバラットの憲法裁判所の隣にもその名前を冠した建物がある。多分一部の機能がこちらでもやっているのだろうが、その建物の裏側には遠隔地開発大臣府の看板が出ているので共有である。

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現在はその名前はKemen.Desa,Pembangunan Daerah Tertinggal dan Transmigrasiと改称していると思う。その他そのビルにはEITI(採取産業透明性イニシアティブ)と言う聞きなれない役所もある。Extractive Industries Transparency Initiativeの省略であるが石油・ガス・鉱物資源等の開発に関わるいわゆる採取産業から資源産出国政府への資金の流れの透明性を高めることを通じて,腐敗や紛争を予防しもって成長と貧困削減に繋がる責任ある資源開発を促進するという多国間協力の枠組み。(日本外務省)とある。さてAli Wardhanaであるがスハルトがオルデバルを開いた1966年米国研究中のAli WardhanaやWidjojo Nitisastro達、インドネシアの経済エリートをここに集めEKUIN(経済・金融・工業)のかじ取りをしたところで後にバークレーマフイアと称されたが

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彼らは本館のダーンデレス館にいたので現在でもこちらも使っているのではないだろうか。但し正面には財務省の看板があり左端に経済調整大臣府の看板があった。


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