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2017年4月26日 (水)

BAPPENAS が Widjojoに

00bappenas


一番新しい経済閣僚命名建物は昨年9月披露されたGedung Widjojo Nitisastroである。それも由緒あるオランダ時代の建物で、且つ永くスハルト時代の象徴役所であるBAPPENASの建物(Suropati公園前)で、小生には変える理由が解らない。少し財務省がおかしくなっているのかと勘繰りたくなる。 
00widojo_center
しかしスディルマン通りに昔からWidjojo Centerなる名前の建物があったがもう売られて、その名前を知る人はいなくなりつつあることも考えねばなるまい。彼Widjojo(1927~2012)は財務省本部の建物に名付けられたWardhanaの時に触れたバークレイ・マフイアのリーダー格で、他に仲間にはフランスセダ、エミールサリム、スマールリンなどがいる。
カリフォルニア大学バークレー校を卒業した彼らはインドネシア大学の経済学部FEUIを本拠にしていたがそこの恩師がスミトロ・ジョジョハディクスマである。そして彼はBAPPENAS(国家開発企画庁Badan Perencanaan Pembangunan Nasional 国家開発企画大臣府 PPNの機関)はスハルト発足時経済を任されたWidjojoが最初に指導した役所で彼は1967年から1973年まで長官であった。その後彼はその上の経済調整大臣(当時のEKUIN)を2期10年勤めているので財務大臣になることはなかったものである。この時代は年率650%もの物価が狂乱しインドネシア国民が一番貧困に苦しんだ時代である。
この建物はオランダ時代の1880年に建設され昔はVrijmetselaarslogeと呼ばれていた建物だそうだ。

(追)一番あたらしい:その後財務省の建物の命名はMarie Muhammdと Radjiman Wedyodiningratがあった。
両方ブログ済(4月28日)


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