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2017年4月27日 (木)

輝けるRadius大臣

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バンテン広場奥の旧ダーンデレス宮殿はEKUINの本部だった記憶は1990年代初めここのラデゥウス大臣をお偉方が訪問するときに付いて行った記憶があるからである。Dr. Radius Prawiroは1993年にEKUIN(経済・財務・工業担当)大臣を退任するまでスハルト政権を支えた大臣といえようか まず1965年会計検査院副総裁、1966年インドネシア中銀総裁、1973年商業大臣、1978年中小企業・組合大臣を兼任、83年財務大臣、そして88年経済調整大臣(現在の呼称)を間弾なく務め2005年ミュンヘンで76歳で病死している。彼もバークレイの一人かと思っていたが、彼はオランダ経済大学のあとに同じFEUIに帰ってきていただけであった。彼の財務大臣はAli Wardhanaの後を受けそしてSumarlinに後を継いだので前後をバークレイ組に挟まれていたのでバークレイ格である。
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彼の名前を冠した建物は新財務省側で噴水を前に最初に立った(?)建物で現在は財政均衡総局のビルとなっている。

小生の日本で住んでいる近所にRadieuseラディウスというコンドミがあるので見るたび思いだしていたが、此方は半径の意味でなくフランス語で輝くという意味らしい。モダニズムの建築家、ル・コルビュジエ(国立西洋美術館などが世界遺産となった)が提唱した理想都市の構想「輝く都市(La Ville Radieuse)からのようだ。
ラディウス大臣は IMFや世界銀行の役員迄その間に兼任しており、日本の大臣など詰めの垢でも味わってほしいものだ。

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