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2017年5月19日 (金)

Gedung Daendels はGedung Maramis

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ジャカルタのホワイトハウスとも言われる、元ダンデルス宮殿は今まで名前を知らず呼び方に苦労していたが今名前がついてGedung A.A. Maramisのようだ。ただそうは言ってもこの名前ではまだ人々は知らないのでどこの事か分からない。
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あの長い建物の左側の別棟の建物は旧裁判所でこれにはGedung Gedung Prijadi Praptosuhardjoと名前がついて
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又右側の別棟の建物はGedung Ali Wardhanaと名前が付いたのでこれで三羽ガラスで揃ったがことになる。ところでGoogle Mapなどによると
WardhanaがMaramisになっていたりするので自信がなかったのであるが、今日財務省のホームペイジにこの本体の写真と共にMaramisであることが出ていたので確信できた。
この建物はフランスナポレオンの推薦もあり派遣された総督Herman Willem Daendelsより宮殿として企画され1809年Ir. Letkol JC. Schultze.の設計で建築が始まった。この当時コタ・インタンは不衛生となっていたので城塞などからその石材を利用して建築すると共に行政もWeltvredenに移って来たのでダンデルスの蛙飛びLompat katakと言われるが、建築費の問題などからやっと1828年L.P.J Du Bus de Ghisignies デユ・ビス・ヒシニース全権委員の時代に完成したが宮殿としてではなく政府官庁として使用されてきた。この建物は財務省が持ついくつもの文化遺産(2010年法律)の筆頭で1945年9月の最初の財務大臣のMaramisの名前が付けられたわけだ。

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正面の広い庭の垣根に財務省の看板と右側に経済調整大臣の看板があるが財務省の本体はGedung Djuandaに移っていると思う。まあWardhanaとMaramisが間違うほどどこまで調整大臣府かは不問にしておこう。マラミスは1897年間など生まれのクリスチャンでライデン大学卒業、奥さんはオランダ夫人。BPUPKでパンチャシラを討議し署名した9人の一人でもある。最初の西ドイツ大使なども歴任している。

少し詰め込みすぎたかな。当地で働けば色々インドネシア人にテストされる。


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