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2017年5月11日 (木)

大昔の日本のバタヴィア領事館

昔の日本大使館は戦前或いは戦後の国交回復迄は領事館であった。蘭領印度時代はオランダ領であるので大使館はオランダにあったのでジャカルタは領事館となる。
いつの頃かこの領事館がムルデカバラットの現在の国民福祉調整大臣府であったのではないかとの資料を一時は信用していたがそれを証明する資料がなく、
Japanese_embassy_19an
代わりにその前の蘭印時代の場所を当時の古マップで確認したのでそれを紹介しておきたい。
それは現在のワヒッド・ハシムがタナバン(Tanah Abang)市場で右折し片やクブンシリーの西の端とつながる現在のFuchrudin通りである。
この地図では一番下の切れる寸前にありこの辺りにフランスと中国と日本が並んで居たことが解る。
00_hotel_millenium
フランスは現在のHotel Millenium 辺りで中国がThe Boulevard ビルの辺り、
00_japan_consulate_fachurudin
日本は現在のBank Mandiri支店ではないかと見当を付けてみた。 (勝手な想像であるが)

又ムルデカバラットにドイツとロシアの領事館があったことになっており、アメリカは現在のムルデカスラタンではなく、なんと北の現在BI博物館のOppositeにあった。あれから歴史の嵐が吹きすさび現在の場所とのつながりは何もない。

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