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2017年5月 9日 (火)

インドネシアイスラム発祥の地

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インドネシアへのイスラムの到来は一般には13世紀後半にイスラム教を信仰するインド人やアラブ人の商人が香辛料を求めて到来すると同時に、イスラム教の布教も始まったがそれ以前でもそれらの商人などが住み着き影響を与えたとされる。そのお墓がジャワには12世紀、そしてスマトラアチェに9世紀として存在するとされてきたが、最近それより早い7世紀のものがあったことを知った。
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そのこと自体は以前から言われていたものであるが、それを歴史的事実としてジョコウイ大統領を招いてその記念碑の除幕式をやったニュースがあったのだ。その場所はスマトラのタパヌリ県のBarus郡という田舎町で、そこの海を見張らせる山中の墓地Mahligaiである。地理的にはトバ湖の南で又ニアス島の対岸である。そして7世紀と言うのは西暦672年で、その年に亡くなったSyekh Rukunuddinの墓がその証拠となっている。イスラム歴で48年というから冗談ながらここがイスラム発祥の地ではないかと思いたくなる古さである。しかしどうしてここにアラブ人がたどり着いたのか、難破船なのか、ここから他所への交通路はなかったので数代で途絶えたのだろうか。写真の山上墓地はWikipedia、MonumenはDNABERITA.COMより借用、GoogleMapではまだ山上にたどり着けず、不思議とこの周りはキリスト教のHKBP教会だらけであった。


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